漢方学会・研究会での発表論文

漢方太陽堂が、東洋医学関係の学会・研究会にて発表報告した論文です。ご覧下さい。
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【卵管狭窄・卵管閉塞】

2006年11月伝統漢方研究会第3回全国大会(日本・横浜シンポジア)

白井一矢
福岡県福岡市・日本

[諸言]

ここ数年急激に増加している不妊症。現在では卵管の障害が主な原因となる不妊症は全体のおよそ30%になるといわれている。卵管狭窄・閉塞の原因は様々である。西洋医学での治療法は卵管の通水・通気治療や腹腔鏡と卵管鏡を組み合わせた卵管疎通術などが一般的である。また、それが主となる不妊症の場合、自然妊娠は難しく体外受精や胚移植法が有効とされている。

理論的に考えて、機能的症状に有効とされている漢方薬が卵管狭窄・閉塞などの器質的疾患を改善することは不可能と考えることが一般的であろう。しかし、今回卵管狭窄などについて六君子湯と駆瘀血剤が有効であった不妊例を経験したので報告する。

六君子湯については先に報告があった漢方太陽堂・木下順一朗発表の「卵管狭窄に対する六君子湯の効果(2002.10中華中医学会中日中医方薬応用学術検討会(中国・北京))」の追試となった。

〔対象と方法〕

全例西洋医学的検査により卵管狭窄・卵管閉塞症と確認診断され、西洋医学的な治療を行うも改善されず、卵管が通じないことで妊娠に至っていない例を対象とした。
望診・問診により脾虚や瘀血を確認した例も有るが、それらを明確に確認出来ない例も有った。糸練功(漢方太陽堂・木下順一朗開発。漢方の四診の一つの異形)で調べ、その結果をもとに漢方薬を選び治療した。

例1:40歳女性

主訴:卵管狭窄による不妊症
現病歴:卵管造影検査を受け卵管が狭く、病院の医師から自然妊娠は難しく、体外受精をすすめられたとのこと。それ以外の検査はしてない。以前二ヶ月通院してタイミング法を指導されたが、余計にストレスがたまって落ち込んだりするので通院を止めたとのこと。基礎体温は高低温に分かれていたが、ストレスにより一時的に不安定となる。相談当初はまた正常に戻りつつある状態。ただ高温期が11日から12日で少し短い。体外受精じゃなく自然妊娠を希望していた。

現症:身長150cm、体重48㎏、血圧100/60、水分摂取少ない、発汗多い、寝汗あり、飲酒(月に2・3回)、冷え(手足のみ)、食欲普通、胃痛あり、便通硬め、便秘薬なし、睡眠普通、動悸なし、生理痛あり(鎮痛剤なし)、生理周期(26日)、生理期間(5日間)

①卵管部の脾虚;臓腑病、脾、陰証、1合、2+、適応薬方-六君子湯・N-スクアレン
②卵管部の瘀血;臓腑病、肺、陽証、0.5合、2+、適応薬方-甲字湯加黄芩紅花・填南仙
③妊娠しにくい;臓腑病、胆、陰証、0合、3+、適応薬方-当帰散
・N-スクアレン、填南仙・・・MDR販売の保健食品。
・六君子湯・・・㈱ウチダ和漢薬製造のエキス散。
・当帰散・・・(有)杉原達二商店製造の散剤。

05.0903

初回の糸練功は上記の通り。六君子湯5g、填南仙1T、当帰散3.5gを投薬した。

05.0930

①2.2合、2+②1.5合、2+③1.2合、3+
冷え症が改善してきた。低温期と高温期の差が明確となってきた。薬方は同量を投薬。

05.1101

①3.1合、2+②2.5合、2+③2.4合、3+
月経痛が軽くなったとのこと。薬方は同量を投薬。

06.0301

①3.6合、1+②3.2合、2+③4合、2+
排卵もあまり遅れることなく、基礎体温のバラつきも少なくなり、低温期から高温期への移行がスムーズになってきたとのこと。薬方は同量。

06.0328

病院にて妊娠が確認された。
妊娠の安定;臓腑病、肝、陰証、0.7合、3+、当帰散
今回から安胎薬として当帰散(6g)のみを投薬。

06.0428

2合、2+
悪阻はあるがそれ程ひどくはない。薬方は同量を投薬。

06.0728

4.8合、2+
妊娠5ヶ月弱。検診も順調とのこと。当帰散は廃薬。
病院の医師からは卵管狭窄の為、自然妊娠は難しいといわれていたが、上記の漢方薬を服用することによって月経痛の軽減や低温期から高温期への移行がスムーズとなり、服用開始から7ヶ月で自然妊娠に至った。

例2:27歳女性

主訴:卵管狭窄・卵管部分の癒着による不妊症

現病歴:卵管狭窄と癒着がある。他には生理痛、腰痛、頭痛、立ちくらみ(生理の1週間前から)、鼻づまり、首・肩こり(主に右)、胃痛などがある。
現症:身長159cm、体重50㎏、口渇、水分摂取多い、小便多い、飲酒(ほとんどなし)、冷えのぼせあり、冷え(足のみ)、食欲普通、胃痛・胸焼けあり、便通硬め、便秘薬なし、睡眠普通、動悸(時々する)、生理痛あり(鎮痛剤使用)、生理周期(26日)、生理期間(7日間)

治療経過:
①卵管部の脾虚;臓腑病、脾、陰証、0.5合、2+、適応薬方-六君子湯・N-スクアレン
②卵管部の瘀血;臓腑病、大腸、陽証、0合、2+、適応薬方-甲字湯加黄芩紅花・填南仙

06.0408

初回の糸練功は上記の通り。六君子湯5g、N-スクアレン3cap、填南仙2T、をそれぞれ投薬。

06.0506

①1.7合、2+②1、2+
基礎体温が前周期と比べて今周期の高温期が上がったとのこと。悪い症状は特に出ていないとのこと。薬方は同量を投薬。

06.0606

①2.7合、2+②1.8合、1+
生理痛が酷く、排卵も3~4日ほど遅れたとのこと。薬方は同量を投薬。

06.0707

①2.7合、1+②2.8合、2+
生理痛は前回の痛みに比べて痛みが和らいだとのこと。少しだが歩くようにしているとのこと。以前は生理周期が26日であったが、28日になったとのこと。少し良くなったと実感しているとのこと。薬方は同量を投薬。

06.0912

①3.5合、1+②3.7合、2+
病院へ行き卵管造影と通気を薦められ検査をした結果、受精には問題ないくらいの癒着で卵管は綺麗に通ったとのこと。今後人工授精にスッテプアップする予定。スクアレンは金銭的に今回から休止。その他の薬方は同量を投薬。
報告時点も服用を続けています。

病院では卵管狭窄、さらに卵管部の癒着という診断であった。しかし、上記漢方薬を服用するようになり、基礎体温表や体調などが徐々に改善していくのが実感できている様子であった。服用開始から5ヶ月で糸練功の合数は決して高くないが、病院の検査で卵管は綺麗に通っていて、癒着に関しても受精には問題ないとのことであった。

例3:31歳女性

主訴:卵管狭窄による不妊症

現病歴:卵管造影検査を受けて卵管狭窄が発覚。去年春に5週目で流産してから、なかなか妊娠しないため検査をして分かったとのこと。閉塞はない。今後、通水検査を受ける予定。子宮に問題はなし。

現症:身長169cm、体重55kg、血圧100/60、飲酒(月2~3回)、冷えのぼせ、冷え(足のみ)、食欲普通、便通普通、便秘薬なし、睡眠普通、動悸時々あり、生理痛あり、生理周期(30日)、生理期間(7日間)

治療経過:
①卵管部の脾虚;臓腑病、脾、陰証、0.4合、3+、適応薬方-六君子湯・N-スクアレン
②卵管部の瘀血;臓腑病、大腸、陽証、0.8合、3+、適応薬方-甲字湯加黄芩紅花・填南仙
③冷え性;臓腑病、胆、陽証、1.5合、2+、適応薬方-温経湯
・温経湯・・・松浦薬業株式会社製造のエキス(細粒)。

06.0506

初回の糸練功は上記の通り。六君子湯(6g)、填南仙(1T)、温経湯(5g)をそれぞれ投薬。

06.0601

①1.3合、2+②1.7合、3+③2.6合、2+
冷え症が少しましになったとのこと。薬方は同量を投薬。

06.0627

卵管造影検査で極端に結果が良く、正常とのこと。さらにその後尿検査で妊娠反応陽性。
安胎;臓腑病、肝、陰証、1.2合、3+、適応薬方-当帰散
今回から安胎薬として当帰散(6g)のみを投薬。

06.0719

心拍も確認でき、妊娠7週半ばで順調とのこと。漢方薬は継続。

06.0815

妊娠10週6日目で順調。
報告時点も服用を続けています。
上記の漢方薬を服用することによってわずか2ヶ月間で卵管造影の検査結果が非常に良くなり、その後自然妊娠に至りました。著効例といっていいと思います。

〔結果〕

今回報告した3例を含め、西洋医学的治療が無効だった卵管狭窄であっても、主に六君子湯と駆瘀血剤で卵管が通じる事が多い。また、短期間で卵管の状態が良好にもなったことからこれらの漢方薬が有効であったといえる。

〔考察・結論〕

卵管狭窄・閉塞に六君子湯と駆瘀血剤がなぜ有効であったのかを卵管狭窄・閉塞の原因から考察する。

卵管狭窄・閉塞の主な原因

①各種炎症・・・・・卵管炎、卵巣炎、子宮付属炎、骨盤腹膜炎、腹腔内感染による卵管周囲の炎症など
②癒着・・・・・・・卵管・卵管采・卵巣またはその周辺の癒着など
③感染症(STD)・・STDの後遺症(特に性クラミジア感染症の後遺症)

上記三つが主な原因として挙げられる。卵管炎など①で挙げた各炎症は流産や人工妊娠中絶、出産、セックスなどによって膣から細菌やクラミジアなどが入り込み、病原体が子宮頚管から卵管などに感染して炎症が起こる疾患です。起炎菌は大腸菌、淋菌、クラミジア・トラコマチスがあり、その多くはクラミジアです。

また、②の癒着は生体の防御反応であり、これらは主に炎症によって引き起こされます。つまり、興味深いことに実は①、②は主に③よって引き起こされることがわかっています。③の中でも特に性器クラミジア感染症は、日本のみならず世界中に蔓延している最も患者数の多い性感染症です。さらにクラミジアはほとんど自覚症状がないために感染は急速に拡大し、最も頻繁に見られる性感染症です。

女性の場合は膣内に排出された精液中に含まれるクラミジアが子宮頸管上皮細胞に感染することから始まります。子宮頸管炎が発症してもほとんど自覚症状がないために放置されることが多く、子宮内腔、卵管内、腹腔内へと感染が拡大していきます。そうすることで①の各種炎症を引き起こし、次いで卵管狭窄症、卵管閉鎖症、卵管周囲癒着症などを招きます。

ここ数年卵管障害による不妊症は増加傾向にあります。先程述べた内容や上にあるグラフを参考にするとその増加傾向と性クラミジア感染症はかなり深い関係があるものと考えられます。また、さらに今後も増加していくことが予想されます。

次に炎症や癒着を東洋医学の観点で整理していきます。
体の至るところで起こる各種の炎症は、東洋医学において「湿」(湿熱を含む)、「瘀血」、「血熱(瘀血以外の血毒を原因とする)」の三つにおおむね分類して捉えることができる。(複合する場合もあり)癒着は「脾」で捉えることができる。(脾は肌肉を司り、桂枝加芍薬湯等が適応となる)
つまり、クラミジア感染後やそれ以外でも引き起こされる炎症や癒着は「脾」や「瘀血」と深い関係があることがわかります。

六君子湯は人参・白朮・茯苓・半夏・陳皮・甘草・大棗・生姜で構成され、四君子湯と二陳湯の一部の両方意を持っていると思われる。ゆえに六君子湯は水毒(「湿」)を取り除き(湿熱は白朮・茯苓・半夏・陳皮で対応できる)、更に脾を補うことによって排卵された卵を卵管内に取り込むことや卵管の蠕動運動を促進させることによって卵の輸送をスムーズにすると考えられます。

また、駆瘀血剤は特に甲字湯関係が多いと思われますが、そのほとんどが甲字湯加黄黄芩、甲字湯加黄芩紅花だと思われます。つまり、これらの薬方は「瘀血」に対してだけではなく、黄芩による「血熱」の改善も関係すると思われます。尚、甲字湯加黄芩や甲字湯加黄芩紅花は代用として填南仙或いは填南仙合紫丹精(ウチダ和漢薬販売の医薬品)で十分な効果を得られると考えられます。

癒着に関しては実際に開腹手術をしないと、それがどの程度なのか把握できません。ですから、本来なら実際にどの程度改善したのかもわかりません。しかし、病院の医師からの癒着の改善が示されている事などから、少なくとも上記で記した漢方薬の有効性はあると考えることができます。

これらを踏まえると卵管狭窄・閉塞による不妊症には六君子湯と駆瘀血剤を組み合わせることが非常に有効と考えられます。また、機能的症状に有効とされている漢方薬が卵管狭窄・閉塞などの器質的疾患を改善することは不可能と考えることが一般的でありますが、卵管狭窄・閉塞の原因を捉えることで実際には漢方薬が十分有効であると推察できます。

今後はこれらの考察をより実践的や理論的に検討していく必要性があります。また、卵管狭窄・閉塞による不妊症が増加するという観点においても、これら以外の証の有無を調べていく必要があると考えられます。