漢方学会・研究会での発表論文

漢方太陽堂が、東洋医学関係の学会・研究会にて発表報告した論文です。ご覧下さい。
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【入江FTと糸練功】

2010年12月東亜医学協会(日本・漢方の臨床)

木下順一朗
福岡県福岡市・日本

【はじめに】

漢方を学び、10年が過ぎた頃、証の判断(薬方選択)に迷い治癒率が上がらず悩んでいた。その当時、今から21年前、漢方の臨床第36巻・第1号で入江正先生発表の「五気の証明法の仮説」を読み衝撃を受けた。それから、入江先生の発表や論文・著書を集め、暗記する程に繰り返し読んだ。同時に入江FT(フィンガーテスト)を訓練し実際の臨床へ応用していった。結局、治癒率は上がらず、1年後入江先生に直接指導して頂きたく入江FT塾に入塾することとなった。
その後、入江FTを臨床に応用し確実に治癒率は上昇したと考える。

【漢方治療におけるFTの問題】

例を重ねる間に自分の中で疑問が生じだした。FTでもOT(オーリングテスト)でも1箇所の愁訴部から1~2個の反応しか出ない時や正経自病においては、臓腑の判定・証の判定に問題なく対応処理が出来、また治癒率も高い。
しかし、1箇所の愁訴部から3~4個或いはそれ以上の反応が出る疾患がある。入江先生は幾つかの反応に対しては、経別脈診部において円筒磁石を用い分類し、針と漢方で対応されていたと記憶する。
FTやOTを臨床で使用している術者は、一つの病的反応を取ると次の新しい反応が生じることに出くわした方も多いと思う。
針の効果は、FTやOTでは数秒で確認できる。病的な反応を針で次から次に消し、次の治療点を探していく。一方、漢方治療のみの場合、急性疾患や一部の経絡病を除き慢性疾患では効果が出るまで7~15日ほどの時間を要することが多く、臓腑病の一部は更に時間を要する。
針と漢方の治療を比較した場合、反応のスピードの差は、漢方のみで治療する私のような者にとって大きな負担となった。
その点を入江先生にお手紙でお尋ねしたことがある。入江先生からは「木下君が解決方法を研究し発表しなさい。」とのお返事をいただいた。19年前のことである。

【合数の発見】

その後、1年ほど試行錯誤を繰り返し入江FTを用い、薬局漢方にて患者さんに対応していった。

有る時、自分自身が風邪にて高熱をだし寝込んでしまい、入江FTにて適応薬方を出そうと試みた。仰臥位のためFTのセンサーは自分の左腰の位置にある状態(写真左)でFTを行った。
FTのセンサーが腰の横に位置する時は、日ごろ他の患者さんを診る時より非常に強い反応(STステッキー)になることに気づいた。次の日に熱も少し下がり風邪が回復してくると、センサーの位置を左腹横の位置(写真右)にした方がより強い反応が出ることに気づいた。

その後、様々な病態の患者さんにて確認をすると、急性や症状が激しい患者さんほど、センサーを腰の低い位置に持ってきた方がFTの反応がより強くなり、症状の軽い患者さんほどセンサーを頭の高い位置にもっていくと反応が強くなることが分かった。この現象はOTでも同様に生じる事が分かった。
また、病状が回復するにつれ、反応を強く感じるセンサーの位置は、腰の下辺りより頭の上に徐々に上がっていくことも分かった。この現象を合数と名付け、腰の一番低い位置を0合(写真左)とし頭の上の一番高い位置を10合(写真右)として10段階に分け、病状の強さを数値にて記録し改善度合いを見ることが出来るようになった。
例えばC型肝炎の患者さんの肝臓部分をFTやOTで調べると、最低でも2つの反応があることに気づく。患者さんによっては3~4個の反応が見受けられる患者さんも多い。1つ目2つ目の治療点で改善する人も多いが、最初の1つ目2つ目を治療することにより新たに生じる3箇所目4箇所目を治療しなければならない人も多い。
これは初診の段階から合数の概念をもち、肝臓部分にて0合よりセンサーを徐々に上昇させながらFTを取ると最初から3~4個の反応(FTではST、OTではOpen)を取ることができる。例えば、0合に肝細胞の破壊に見られる証(柴胡剤・茵蔯剤・瀉心湯類等)、2合に風毒診と重なるウイルスの反応、3合に肝硬変になりかけた状態(建中湯類)など、あくまで例であるが現実の患者さんによく観られる現象でもある。
これら複数の証も合数を利用することにより、初診より病態を明確に分類し的確な治療法を施すことが出来るようになった。

【複数の病に対する合数】

従来のFTやOTでは合数の概念が無いため、術者が一定の合数(主に4~6合辺りで行う術者が多い)で行うため、症状の軽い4~6合付近の病が最も強く反応し、症状の強い0合付近の病は反応が弱く検出される。
また幾つもの病を同じ合数で調べるため不可解な理屈に合わない結果が出てくる。誰でも身体の異常が複数あるのが常である。
例えば腰痛を訴える患者さんが肝炎や他の病を持っているとする。一定の4合の位置で愁訴診を使い腰の異常を調べる、当然手掌診も4合にて行う。しかし腰の異常が2合で肝炎の異常が4合なら手掌診の結果は目的とする腰の異常とは異なってくる。

【センサーにおける労宮の役割】

また、センサー側の手掌の労宮を少し引くこと(写真中)により、病的な異常しか反応しないことも分かってきた。
例えばアトピー患者が発汗をしている場合、センサーの手の労宮が緩んでいると(写真左)自然発汗にもFT・OTは反応する。その自然発汗の多くは肺の経絡に陽証(瀉法)として反応し黄耆剤の適応となる場合が多い。そのため間違って針にて肺経の治療をしたり、黄耆剤を投薬するミスを犯すことが多い。しかし労宮を少し引くだけでFT・OTで自然発汗を拾うことは無くなり、アトピー(病的な異常)にしか反応しなくなる。
同様にアトピーなどの皮膚疾患の場合、正常な炎症の治癒過程である痂皮形成や落屑があると、FTでは柴胡清肝湯証などの一貫堂の解毒証の証を呈することが多く、これも本来の皮膚疾患の治療ではなく、正常な治癒過程の証に対し間違って投薬したり、胃経や肝経を間違って治療することとなる。これらのミスはセンサーである労宮を少し引くだけで防げる。労宮でコップ等を掴むとセンサーを引く感じが分かる。

【FTの姿勢】

またFT・OTでは、術者自身の身体の異常を間違って患者さんの病的異常として捉えるミスがよく見られる。これは自分の任脉と督脉が滞らない姿勢(写真左)をすることで防ぐことが出来る。
操り人形のように、百会を1本の糸で引っ張られているイメージで任脉と督脉を伸ばす。

【最後に、糸練功として】

また適量診も腕の尺膚を使うことで、より正確に出せる。更に術者の立ち位置により、患者さんの陰面陽面と術者の陰面陽面の向きが変わりFT・OTの結果が異なってくる。
入江先生がお教え下さった「東洋医学は体表解剖学である」という信念に従い、複数の病における特定の反応点なども見つけた。これらを統合しFTを発展させ糸練功と名付け臨床に応用出来るようになった。
19年前、入江先生に与えられた宿題「FTを漢方で使う」、自分なりに答えを出したと思えるようになった。
入江先生との出会いの機会を与えて下さった東亜医学会の漢方の臨床の誌面をお借りし、故入江正先生に御報告する。

参考文献

(1)入江正著:臨床東洋医学原論,P21-26,入江正,大阪,1990
(2)入江正:入江フィンガーテスト(入江FT)について(上),漢方の臨床37(6),P73-79,1990
(3)入江正:入江フィンガーテスト(入江FT)について(下),漢方の臨床37(7),P70-75,1990
(4)入江正:経脈と処方との相関について(上),漢方の臨床42(9),P83-89,1995
(5)入江正:経脈と処方との相関について(下),漢方の臨床42(12),P107-112,1995