漢方学会・研究会での発表論文

漢方太陽堂が、東洋医学関係の学会・研究会にて発表報告した論文です。ご覧下さい。
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【子宮内膜症】

2006年11月伝統漢方研究会第3回全国大会(日本・横浜シンポジア)

金沖良子、木下順一朗
福岡県福岡市・日本

[諸言]

生理痛は、子宮筋腫、子宮内膜症、子宮後屈、ポリープ等様々な原因が考えられます。西洋医学では一般的に鎮痛剤を使い、またその原因に従って治療をされています。
一方、東洋医学では患者さんからの訴えを最重要視し四診により証の鑑別を行っています。

【対象並びに方法】

生理痛を訴え、漢方治療を希望し来局された患者さんを、問診と糸練功を用い鑑別し治療を行った。
評価判定は患者さんの自覚症状の軽快・消失が有るか無いかで判定した。

[例1]女性39歳

主訴:下腹部に突っ張るような痛みを訴えられる。足の付け根辺りにも痛みがある。血液検査での異常は無く、婦人科のエコー検査でも異常は認められない。生理中は両卵巣の付近と腰が痛い。生理もだらだら続く。
既往歴:軽い喘息
現病歴:1997年ホルモン治療を受ける。
1998年子宮内膜症で右卵巣チョコレート嚢腫手術を受けた。その後ホルモン療法、排卵誘発剤の投薬を受けながらタイミング法で不妊治療を受けていた。排卵に特に問題はなかったのだが、排卵誘発剤を使う治療で副作用が辛く、下腹部の痛みも取れないため婦人科での治療を中断した。
1999年から大阪の故入江正先生に漢方薬とお灸による治療をして頂いていた。その間、体調も良くなりお腹の痛みも無くなっていた。
2002年から故入江先生の所に在籍されていた先生に鍼灸治療を受けた。

治療経過:2004年5月

漢方太陽堂での漢方相談を受け、漢方治療を開始する。
現症:身長164㎝、体重56㎏、肌顔色(普通)、寝汗あり、生理痛(強)、昼間尿(少ない)、尿色(やや黄色)、便秘薬(時々服用)、動悸(時々あり)、食欲(普通)

2004年6月

チョコレート嚢腫による生理痛に対する糸練功の結果は以下のとおりである。
臓腑病、肺の臓、陽証、1.5合2+、甲字湯加紅花証と判断
桂枝茯苓丸(㈱長倉製薬製造)3.5g加紅花0.25gと填南仙(MDR販売、保険食品)を投与

2004年7月

糸練功の結果4合1+、毎年夏バテになるとお腹の調子も悪くなり、生理の痛みも強くなると訴えられる。

2005年8月

糸練功の結果7.5合+(3)
経絡病として本治部と別に甲字湯加紅花証を確認。夏バテなどが重なりまた下腹部痛が出た。
しかし生理痛は軽かった。生理の3日目に大きな塊が出て、その後左右の卵巣付近が痛む日が続いた。

2005年12月

7.8合+(3)下腹部痛が改善され痛みが無い日々が続く。

2006年4月

7.8合+(3)軽い生理痛は有るが調子は良好。

2006年9月

9.4合+(1)毎年夏場は体調が悪かったそうだが、今年は調子が良く、下腹部痛も無くなった。

[例2]女性37歳

主訴:子宮内膜症による生理痛
既往歴:特記すべきことなし
現病歴:2001年3月4日より左下腹部を中心に生理痛が酷くなり市販の鎮痛剤では効果なく、微熱もあり眠れず激しい痛みがあった。また、生理後半になると肛門奥に強い痛みが頻繁にある。生理周期は26~30日、月経量は普通。
2001年8月婦人科で、子宮内膜症と診断され同年9月より半年間、偽閉経療法(スプレキュア、月1回)を受ける。
半年間の偽閉経療法治療後、徐々に生理量が以前より減り生理痛も復活。
2002年5月には左卵巣が5cmに肥大。子宮の動きが鈍く左卵巣が子宮や腸と癒着していた。子宮内膜症による卵巣嚢腫と診断される。
2002年6月痛みが強く、左卵巣5.5cmと腫れ、血液検査も以前と同程度まで悪化。
2002年7月左卵巣摘出。子宮、腸との癒着部分も同時に剥がした。左卵巣には血液が溜まっており、子宮内膜症による卵巣チョコレート嚢腫と診断される。右卵巣は正常。
現症:偽閉経療法終了2ヵ月後2002年4月頃から、右耳だけ耳鳴り、ザーザーと鼓動する。偽閉経療法終了3ヶ月後より軽いが生理痛が出だした。
徐々に鎮痛剤の服用量が増量。生理量は少ないのに左下腹部・左腰の痛みが酷く、次第に鎮痛剤も効かなくなってきた。医師より右卵巣正常、子宮後壁は問題無いと言われている。漢方での改善を希望。出産経験はなく、妊娠は希望していない。
治療経過:子宮内膜症に対する糸練功の結果と自覚症状の推移

2004年3月

肝の臓陰証、臓腑病、-0.5合5+:当帰芍薬散加芍薬証と判断

当帰芍薬散(当帰3g、川芎3g、白芍藥4g、茯苓4g、白朮4g、澤瀉4g)加芍薬4.5、桜精(㈱ラピー製、保健食品、馬心臓エキス)4錠投与

2004年4月

肝の臓陰証、臓腑病、2.5合1+

2004年5月

肝の臓陰証、臓腑病、5合1+:生理痛は軽く、鎮痛剤を必要としなくなった。

2004年7月

肝の臓陰証、臓腑病、7.5合+2:生理痛が無くなった。

2004年8月

肝の臓陰証、臓腑病、8.5合+1:調子が良いので桜精を中止。

2005年3月

肝の臓陰証、臓腑病、10合±:体調は良好で生理痛も無い。

【結論・考察】

報告した2例のうち、1例目は、チョコレート嚢腫であり、漢方では陽の瘀血と判断される。通常、婦人科における陽の瘀血では腰痛、下腹部痛を訴えることが多い。婦人科の瘀血の原因として主に子宮後屈や前屈、子宮筋腫、テーラー症候群、黄体ホルモン過剰等、様々な原因が考えられる。2例目の子宮内膜症は、貧血性で冷え性の人であり、陰の瘀血・血虚と考えられる。

一般的に、生理痛は器質的疾患を伴う器質性月経困難症と機能性月経困難症とに分けられる。
機能性月経困難症の原因は様々であり、痛みとの関連においてプロスタグランジンも関与していると考えられている。また神経質な婦人や精神過労、ヒステリーなど精神的心理的因子によるものが30%位認められるとの報告もある。
一般的に漢方治療の適応は、機能性の疾患と考えられているが、1例目のチョコレート嚢腫のような器質的変化を伴った生理痛でも適切な漢方治療を行うと改善する事実は、今後の漢方治療の適応に対する一つの示唆になると考えられる。