漢方学会・研究会での発表論文

漢方太陽堂が、東洋医学関係の学会・研究会にて発表報告した論文です。ご覧下さい。
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【痔核(いぼ痔)】

2005年11月伝統漢方研究会第2回全国大会(日本・福岡国際会議場)

丹波千香子
福岡県福岡市・日本

[諸言]

食べ物の洋風化に伴い、痔に悩む方は多くなったが、医療機関受診率は低い。痔には切れ痔、痔核(いぼ痔)、脱肛、痔ろうなどの種類があるが、診断を受けていない方は、自分自身の状態を正確に把握していない場合が多く、痔の証の決定は通常、困難を極める。

今回、痔の証鑑別ポイントと糸練功と患者の訴えから痔の状態の鑑別を行い、著効を得た例、確な鑑別による処方変更を行った例などを報告する。

例1:30代女性(漢方太陽堂薬歴1648)

現病歴:17歳位の時に痔になり、小指の爪程度の大きさでしたが今は大きくなっています。最初の頃は排便が終わると自然に中に入りましたが、今は排便が終わってからは指で入れないと中には入りません。
排便時と排便後に少し痛みがあります。出血はここ2~3日前から紙にほんの少しつく程度です。つくと言っても痔と便が一緒に出た際に切れる程度。
便が硬いと痔も大きくなって外に出ます。排便を終わってしばらくすると痛みは消え、普通に生活できますが、痔の違和感は時々あります。(お尻の中がもぞもぞする感じです)仕事は事務の仕事で日中はずっと座っています。運動はほとんどしていません。

現症:身長153cm、体重53㎏、殆ど飲酒しない、顏色は普通、冷え性、手足のみ冷える
胃痛症状、時々下痢又は軟便、便秘薬を時々服用、痔の痛み有
出血は僅かにティッシュにつく程度、肛門部突出は柔らかい、肛門部化膿なし、熱感なし

鑑別ポイント;
1.便秘症→便秘治療も並行する。
2.痔になってから長期間たっている。→最初は痔核だったかもしれないが、脱肛へ移行しているかもしれない。
3.出血はほんの少し切れてつく程度→脱肛かもしれない。
4.肛門部突出が柔らかい→痔核又は脱肛。
5.化膿なし、熱感なし→痔ろうは併発していない。
脱肛ではないかと推測された。
治療経過:
初回、糸練功で調べたところ
①便が固い状態;臓腑病、心包、陽証、1合、2+、適応薬方;大甘丸・ロンターゼリズム
②脱肛;臓腑病、脾、陰証、0合、3+、適応薬方;帰耆建中湯・オキソピン
帰耆建中湯・オキソピン(日本製薬工業株式会社製医薬品:人参、牛黄、ニンニクエキス、リバーコンセントレイト、ビタミンB群等)・ロンターゼリズム(日本製薬工業株式会社製医薬品:プランタゴオバタ、センノシド、ビタミンB群等)を服用して頂いた。
その後の経過:1ヶ月後は自覚症状・糸練功結果ともに調子が良いようだったが、2ヵ月後「最近痛みがありお尻の奥が痛い。先月より痔が奥からでてくるような気がします。自分で押し込むと中に何かあるような感じです。何かできていないでしょうか。」

鑑別ポイント;

1痛みがある→脱肛では痛みは少ない。痔核症状がある可能性がある
2.中に何かある感じ
2ヶ月後、糸練功で調べたところ
①便が固い状態;臓腑病、心包、陽証、3.5合、2+、適応薬方;大甘丸・ロンターゼリズム
②脱肛;臓腑病、脾、陰証、4合、3+、適応薬方;帰耆建中湯・オキソピン
③痔と思われる状態;臓腑病、肺、陽証、0.3合、3+、適応薬方;甲字湯加黄芩紅花・填南仙
甲字湯加黄芩紅花証を確認。痔核も併発していると考えられたため、加えて填南仙(M.D.R製保険食品:灯盞花、丹參、紅花、郁金等)を飲んで頂くことにした。
3ヶ月経った現在、「排便の後も、外に出るのが小さくなり、大きく外に出る事も少なくなった」とのこと。

例2:30代歳女性。(漢方太陽堂薬歴1881)

現病歴:元々、便秘症だったため、便が硬く10年ぐらい前から便をするたびに切れるようになりました。
その後、良くなったり悪くなったりを繰り返し今に至っていますが、最近になり肛門のところにイボが出来、触ると硬く痛みがあります。大きさはマッチ棒の先端より少し大きいぐらいです。
現症:身長160cm、体重42㎏、殆ど飲酒しない、貧血色、冷え性、手足のみ冷える
胃痛症状、便は硬い、便秘薬を時々服用
痔の痛みが有る、痔出血はティッシュが真っ赤でポタポタ落ちる程度、肛門部突出は硬い
化膿汁は無し、肛門部おでき様熱感が有る

鑑別ポイント;

1.便秘症→便秘治療も並行する。
2.肛門に硬いイボ、大きさはマッチ棒の先端より少し大きい→軟らかいと脱肛の可能性もあるが、硬いイボは痔核だと推測される。「硬い」ことから、ヨクイニン証もあるかもしれないと推測される。
3.痔出血が激しい→脱肛の出血は切れる程度。激しい出血を伴わない。
4.化膿汁はない→痔ろうではない可能性。

治療経過:

初回、糸練功で調べたところ
①便が硬い状態;臓腑病、三焦、陽証、0.3合、3+、適応薬方;麻子仁丸・ロンターゼリズム
②痔;臓腑病、肺、陽証、0.5合、4+、適応薬方;桂枝茯苓丸加薏苡仁・填南仙加薏苡仁
填南仙・薏苡仁・ロンターゼリズムを飲んで頂いた。
その後の経過:1ヶ月後「最初に出来たイボは小さくなって、触っても殆んど分からない感じになったのですが、新たにふたつほど出来ているようです。今のところ痛みや出血などはありません。ロンターゼリズムが効きません。」
1ヵ月後、糸練功で調べたところ
①便が硬い状態;臓腑病、三焦、陽証、3合、1+、適応薬方;麻子仁丸・ロンターゼリズム
②痔;臓腑病、肺、陽証、2.5合、3+、適応薬方;桂枝茯苓丸加薏苡仁・填南仙加薏苡仁
③痔;臓腑病、肺、陽証、0.5合、3+、適応薬方;桂枝茯苓丸加黄芩紅花
ロンターゼリズムを増量し、飲み方を指導。その他は現在の分量のまま継続。
その後、2種の痔とも改善を続けている。

例3:20代男性(漢方太陽堂薬歴299)

現病歴:一年半ほど前から肛門から膿が出るようになりました。最初は大量に出たのですが次の日からは少ない量ですが今現在まで毎日出ています。
最近膿の量が少し増えた気がします。今まで痛みはありませんでしたが最近は少し違和感があります。
現症:身長180cm、体重60kg、殆ど飲酒しない、冷え性
痔痛み無し、痔出血なし、肛門部突出分からない、肛門部化膿汁が有る、肛門部おでき様熱感は無し

鑑別ポイント;

1.膿が出ている→痔ろうであると考えられる。

治療経過:

初回、糸練功で調べたところ
①痔核と思われる肛門周辺欝血;臓腑病、大腸、陰証、0.5合、1+、適応薬方;填南仙合田七
②痔ろう様の証;臓腑病、脾、陰証、0.7合、3+、適応薬方;托裏消毒散加露蜂房末・風参加露蜂房末・桜精
田七・填南仙・風参(M.D.R製保険食品:オタネニンジン、山芋、甘草等)・露蜂房末・桜精(ラピー製保険食品:馬心筋末、ヘム鉄等)を飲んで頂いた。
合数は順調に改善。

その後の店頭での経験;

1年2ヶ月後「始めにあった痔核はほとんど腫れも無くなり気にならなくなりましたが後から出てきた痔核はそのままです。痛みはごくまれにありますが最近はほとんどありません。
痔ろうの方は膿の量も排出する回数もかなり減ってきました。調子いい時は昼間ほとんど出なくて夜にまとめて出ます。
今日痔ろうの膿の出る穴から多量の出血をしましたが過去にも何回かあり、出血の後は膿がしばらく出なくなります。回復に向かっている証拠でしょうか?」

鑑別ポイント;

1.痔ろうの膿も排出する回数も減った。痔ろうが治りかけてきて肉芽形成時期と判断し、桜精を中止し、ヴァイタルゲン(日本制がん研究所製医薬部外品:生牡蠣、熊笹抽出物質)を投与した。
糸練功での錠数よりも少なめに提案。(急に肉芽形成されてろう管が急に塞がってしまわないように)
1年2ヶ月後、糸練功で調べたところ
①肉芽形成;臓腑病、腎、陰証、0.5合、4+、適応薬方;ヴァイタルゲン
②痔核と思われる肛門周辺の欝血;臓腑病、大腸、陰証、9合、±、適応薬方;填南仙加田七
③痔核様の証;臓腑病、大腸、陽証、1合、2+、適応薬方;填南仙加田七
④痔ろう様の証;臓腑病、脾、陰証、9.5合、±(1)、適応薬方;托裏消毒散加露蜂房末・風参加露蜂房末・桜精
1年3ヶ月後
「痔核は一進一退を繰り返しています。痔ろうは先月調子が良かったのですが、その後膿が出なくなり治ったと思っていたらだんだん腫れてきて2日後に破裂して膿が出てきました。それからは毎日多量の膿が出ています。最近食生活で甘い物やファーストフードを食べていたのでそれもよくなかったのでしょうか。」

鑑別ポイント;

1.ヴァイタルゲン投与後、膿が出なくなった→肉芽形成されたと考えられる。
2.だんだん腫れてきて2日後に破裂して膿が出てきた。中に膿が溜まり、出てきてしまった。
ヴァイタルゲンを中止。膿が出きってしまうまで静観するしかないと判断。
1年3ヶ月後、糸練功で調べたところ
①肉芽形成;臓腑病、腎、陰証、1合、1+、適応薬方;ヴァイタルゲン
②痔核と思われる肛門周辺の欝血;臓腑病、大腸、陰証、6合、4+、適応薬方;填南仙加田七
③痔核様の証;臓腑病、大腸、陽証、1.5合、2+、適応薬方;填南仙加田七
④痔ろう様の証;臓腑病、脾、陰証、3合、2+、適応薬方;托裏消毒散加露蜂房末・風参加露蜂房末・桜精
ヴァイタルゲンを中止後、順調に再び回復に向かっている。
現在の状態;
「先月膿の量が激減したと書きましたがその後全く排出しない日や排出してもほんの少しだけという日が3週間ぐらい続いています。痔ろうは今までで一番良くなっている状態です。痔核は先月より少し良くなったと思います。」

〔結果〕

呈示した3例のうち、1例目は問診により脱肛、その後痔核症状も併発した例。
2例目は問診の後、種類の違う痔核が確認された例。
3例目は問診により痔ろう、糸練功により痔核が確認された例である。
3例目は症状改善に伴い、肉芽形成目的でヴァイタルゲンを投与し、肉芽が形成されたために内部に膿が溜まって爆発してしまった。故に痔ろうの肉芽形成時にはヴァイタルゲンを始めとする肉芽形成を促進する補助剤はのまないほうが良いと思われる。
いずれも患部を見ることができず、一般的には鑑別は困難であるが、糸練功を使用することにより正しくその状態を鑑別できた例である。

〔考案並びに結論〕

鑑別する上で患者さまに確認すべきこととしては、
1.出血があるか、出血に対する処方の必要性を考え、脱肛様の証あるいは痔核様の証の判定材料とする。
2.痛みの有無、脱肛様の証には痛みがない場合が多い。また、一般的に内痔核に痛みはない。(歯状線より直腸側に神経がないため)但し、知覚神経のアンバランスにより、内痔核の痛みを訴える方もいる。
3.突出は硬いか軟らかいか、硬い場合は痔核様の証と考えられる。
4.膿の有無、膿がある場合は痔ろう様の証と考えられる。
5.飲酒の頻度、悪化要因を探る。
以上をまとめると、一般的に(例外もあります)

痔核 脱肛 痔ろう
膿がある
出血がひどい、ポタポタ
出血が少量
突出がある
突出部分が硬い
突出部分が柔らかい
痛みを伴う場合がある

また、普段の養生としては

痔核 脱肛 痔ろう
アルコール × × ×
甘いもの ×
刺激物 ×
餅類 ×
油もの ×
タバコ ×
身体を冷やす × ×
長風呂
便秘・下痢 × × ×
ジャンプする運動 ×
緑色の濃い野菜
筋力トレーニング

が考えられる。どの場合もお尻を圧迫させるような体勢(座りっぱなしなど)は避けるべきである。
患者様の中でよくある誤解として「養命酒を飲んでも良いかどうか」という点がある。痔の悪化要因となるため、酒類は控えて頂くよう、アドバイスしている。
尚、痔治療を行っていく上で興味深い漢方処方の代用方法等を数例見つけたのでここで整理しておく。

適応薬方の例;

全て糸練功にて判断する(便の状態も調節しながら)
裂肛;スクアレン外用、紫雲膏など(便秘治療も)
痔核;甲字湯加黄芩。甲字湯加黄芩紅花(紅花が入る場合は肺に配当される)などの駆瘀血剤。填南仙合牛黄清心元(日本製薬工業株式会社製医薬品:牛黄、麝香、羚羊角等)。オキソピン。填南仙+オキソピン。填南仙+グロスミン(クロレラ工業株式会社製保険食品)などを証に応じて糸練功にて判断。硬いイボの場合は薏苡仁も用いられることがある。
脱肛;(脾虚が原因。下腹臓器を留め、内臓が下垂しないようにする処方や体操がよい。)
補中益気湯加赤石脂末(赤石(しゃくせき)脂(し)湯と呼ばれる。この証が多い。)。黄耆建中湯。帰耆建中湯など証に応じて糸練功にて判断。補助剤としては新陳代謝を高めるものが良い。例としては、賦骨仙(M.D.R製保険食品:グルコサミン、コウシンコウ、オタネニンジン等)。健歩人(日本製薬工業株式会社製保険食品:グルコサミン、コンドロイチン、MSM等)。オキソピン・桜精・コエンザイムQ10など
痔ろう;(お尻の血流が悪いため、抗生物質は効かないと考えられる。)托裏消毒散加露蜂房末証(熱が残っている)の代用として風参加露蜂房末、デュアル桜精(ラピー製保険食品:馬心臓エキス末、ユビキノン等)+露蜂房末、風参加露蜂房末+デュアル桜精。千金内托散加露蜂房末証(より虚証)の代用としてオキソピン+露蜂房末、桜精+露蜂房末、オキソピン+桜精+露蜂房末。
※補助として牡蠣肉や補中益気湯加人参などを用いてはいけない。肉芽形成が促進され、内部に膿が溜まってしまう。