漢方学会・研究会での発表論文

漢方太陽堂が、東洋医学関係の学会・研究会にて発表報告した論文です。ご覧下さい。
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【血小板減少症】

2006年11月伝統漢方研究会第3回全国大会(日本・横浜シンポジア)

丹波千香子、木下順一朗
福岡県福岡市・日本

[諸言]

現在、ガン等の治療のため、多くの化学療法剤が用いられている。良い結果を得られる方は多いが、中には不幸にもその副作用によって命の危険にさらされている方もいる。

化学療法剤は骨髓の細胞分裂の速い細胞に作用し、骨髄での赤血球・白血球・血小板などの生産を阻害する。西洋医学では赤血球や血小板減少は輸血により補い、好中球減少はG-CSF投与で回復を図る。また化学療法剤で重篤な骨髄抑制が発症し、骨髄基幹細胞(白血球・赤血球を造る細胞)が破壊された場合は骨髄移植が必要となる場合もある。

今回、真性多血症治療のための抗ガン剤によって不可逆的といわれる血液像の副作用である脾腫・血小板・赤血球・白血球減少症を来たした方に黒帰脾湯が有効であったので報告する。

[対象並びに方法]

患者はもともと真性多血症であり、病院にてハイドレア(抗癌剤)投与を受け、その後赤血球・白血球・血小板減少、脾腫となった。西洋医学的治療を行ったが、病は進行する一方であった。この患者に対し、東洋医学的見解から証を判断し、投与した。

[例]53歳男性。178cm、72kg

主訴:血小板・赤血球・白血球減少、脾腫
現病歴:抗癌剤ハイドレア服用2~3年より脾腫が認められた。現在脾腫はかなり大きく成っている。
1999年~治療開始1900ml輸血後2001~抗がん剤服用(ハイトレア)2
000年8月;WBC11.64、RBC8.20、PLT31.0
2005年1月;WBC12.66、RBC5.85、PLT39.6
2005年4月25日;WBC7.03、RBC4.16、PLT10.2、LD706
抗癌剤ハイドレア中止
2005年5月2日;WBC6.33、RBC3.85、PLT113、LD736
赤血球・白血球・血小板数値減少
骨髓繊維腫の疑いがあるとの病院の見解
抗ガン剤中止にもかかわらず、骨髓線維症に移行した疑い有り

臨床検査値の基準値は以下の通り
PLT:血小板数;基準値:3.3~9.4(g/dL)
WBC:白血球数;基準値:4.4~5.6(×10E3/μL)
RBC:赤血球数;基準値:130~290(U/L)
LD(LDH):乳酸脱水素酵素;基準値:121~245
IU/l/37°C
所見:身長178㎝体重72㎏。肌顔色(普通)、眼瞼結膜(蛋白、黄疸色あり)、口乾・口渇、発汗多い・寝汗、舌苔(無色)、舌湿(中)、舌色(普通)、舌下静脈(無)、昼間尿(不明)、尿色(濃)、食欲(普通)、便通(普通)
(黄疸色は貧血からきていると考えられる。)

治療経過:2005/05/10

糸練功を用いて調べた。
①脾腫と血小板・赤血球・白血球の減少;臓腑病、腎、陰証、-0.5合、5+、適応薬方;加味帰脾湯・ヴァイタルゲン
②元来の多血症と思われる証;経絡病、肺、陽証、0合1+、適応薬方;甲字湯1.3g
加味帰脾湯(黄耆2、当帰2、山梔子2、白人参3、白朮3、茯苓3、酸棗仁3、竜眼肉3、柴胡3、遠志1.5、大棗1.5、甘草1、乾生姜1、木香1)を分3、ヴァイタルゲン(日本制ガン研究所製造)3粒/dayを投与。
(治療開始時:白血球数WBC6.33、赤血球数RBC3.85、血小板数PLT113、乳酸脱水素酵素LD736)

2005/06/15

医師より「多血症から骨髄繊維症(骨髄繊維が増加し、造血機能が低下する)へ移行し、染色体異常もある」と告げられる。病院にて、幹細胞を刺激し、造血を促す男性ホルモン投与開始。
①脾腫と血小板・赤血球・白血球の減少;臓腑病、腎、陰証、0.1合5+、適応薬方;加味帰脾湯・ヴァイタルゲン
②骨髓繊維腫様のような病態;臓腑病、心、陰証、0合4+、適応薬方;黒芝

黒芝(㈱海製)2.8g分2;加味帰脾湯、ヴァイタルゲンに加え、追加投与。

2005/07/01

処方変更。
改善スピードが遅いため(0.5~0.7合)。
加味帰脾湯に代わり、帰脾湯(前記の加味帰脾湯から山梔子・柴胡を抜いたもの)分3を投与黒芝、ヴァイタルゲンも継続。
2005/07/25;医師より「先のことは何とも言えないが、どうやら(検査数値が)下げ止まったようだ。下げ止まってくれれば・・・」と言われたとのこと。家族は「これから数値が上がっていけば良いと思っています」。

2005/07/27

糸練功にて帰脾湯の効果を高めるため、熟地黄を加えた黒帰脾湯の方がよいように考えられた。
①脾腫と血小板・赤血球・白血球の減少;臓腑病、腎、陰証、0.9合、4+、適応薬方;加味帰脾湯・ヴァイタルゲン・黒帰脾湯
②骨髓繊維腫様のような病態;臓腑病、心、陰証、0.7合4+、適応薬方;黒芝・黒帰脾湯
③血小板・赤血球・白血球の減少;経絡病、胃、陰証、1合2+、適応薬方;黒帰脾湯。帰脾湯に代えて黒帰脾湯(熟地黄2.5gを前記の帰脾湯に加える)分3。アスリーブ(㈱ウチダ和漢薬製)16mL分2食後投与。

2005/08/27

検査数値が落ち着いてきた。医師から、「下げ止まったようでひとまず安心ですね。脾臓触診は、大きくも小さくもなっていないようだ」と言われたとのこと。
ご家族からは「先月よりもはるかに疲れにくくなったよう。希望が見えてきましたので、気持ちも明るくなってきました。」

2005/09/27

糸練功合数は2.5~2.8合
再び全体的に検査数値が下がってしまった。病院にてプレドニン2錠とガスター錠開始。医師から「脾臓の大きさそれほど変化はない」と言われたが、家族から見た感じはスッキリしたように思われるとのこと。

2005/10/24

糸練功合数は3.5~4合
医師より「血小板が3万をきると血小板輸血となる。血小板だけ上げる薬はなく、赤血球・白血球が安定すれば、血小板だけ下がり続けることはない。脾腫は小さくなっている」と告げられる。

2005/11/21

ヘモグロビンが7を切り、赤血球輸血を勧められたが断ったとのこと。病院にてプレドニン1日2錠。効果がなければサリドマイドも勧められたとのこと。

2005/12/19

糸練功合数は4.2~4.5合2+
疲れの程度が徐々に良くなっている。血小板は減少したが、赤血球、白血球は改善。医師からは「白血球、赤血球が増えていけば血小板だけ下がり続けることはなく、脾臓は小さくなっている」と先の10月と同様のコメント。

2005/1/19

本人の調子は良くなっている。
①脾腫と血小板・赤血球・白血球の減少;臓腑病、脾、陰証、5合2+、適応薬方;加味帰脾湯・ヴァイタルゲン・黒帰脾湯
②骨髓繊維腫様のような病態;臓腑病、心、陰証、5合1+、適応薬方;黒芝・黒帰脾湯
③血小板・赤血球・白血球の減少;経絡病、胃、陰証、4.2合2+、適応薬方;黒帰脾湯

2005/01/23

医師より「検査データは良くなっており、悪くなっている部分はない。脾臓触診でも、脾臓が小さくなっているようだ。」と告げられる。病院にてステロイドをのむと骨がもろくなるためステロイドを中止しビタミンDへ変更。

その後、ステロイドを中止したにも関らず、現在まで体調は良く、検査数値も徐々に改善、脾臓も徐々に小さくなっており、体重も少しずつ増えてきているとのこと。(上図で点線は基準値)

[結論・考察]

化学療法剤は骨髓の細胞分裂の速い細胞に作用し、骨髄での赤血球・白血球・血小板などの生産を阻害するため、副作用も主に細胞分裂が亢進した細胞に対して起こる。
化学療法剤の主な副作用;脱毛、吐き気・嘔吐、貧血、下痢・便秘、感染・敗血症、二次ガン、出血、心毒性、肝毒性、腎毒性
漢方で貧血によく用いられる薬方は、四君子湯を基にしたものと、四物湯を基にしたものとに大別できる。

四君子湯をベースにしたもの(脾胃の虚証を原因とする)
四君子湯、六君子湯、帰脾湯、加味帰脾、加味帰脾湯加紫根、八珍湯、十全大補湯、人参養栄湯など
四物湯をベースにしたもの(血虚を原因とする)
十全大補湯、八珍湯、連珠飲、当帰芍薬散、芎帰膠艾湯、人参養栄湯など
帰脾湯は宋の時代の済生方に収載されている薬方であり、虚弱な方で脾虚が原因の血虚を伴う貧血や健忘に用いられている。
現代では帰脾湯や加味帰脾湯が特発性血小板減少性紫斑病に用いられ、有効であった例や、加味帰脾湯加紫根が白血病に有効であった例が発表されている。

この患者は真性多血症で治療した化学療法剤によって白血球・赤血球・血小板数減少、脾腫を発症し、その状態は悪化の一途をたどっていた。
西洋医学では改善の見込みがなく、輸血という対処療法しかなかったこの病態を、黒帰脾湯は病の進行を食い止め、改善させることができた。
加味帰脾湯や加味帰脾湯加紫根は以前から血小板減少や白血病などに使われていた。一方、脾胃の虚証に対する帰脾湯に、血虚に対する四物湯系統の良さをプラスした(血虚に対し、熟地黄を加味)黒帰脾湯は薬方名こそ伝わっているが、殆ど使用されることのない薬方である。

化学療法剤など無かった時代の薬方が、今回、化学療法剤の不可逆的といわれる血液像の副作用を改善させたのは注目に値する。
黒帰脾湯は現在あまり注目されていない薬方だが、今後、他疾患に対する有効性も、検討していく必要があると思われる。