漢方学会・研究会での発表論文

漢方太陽堂が、東洋医学関係の学会・研究会にて発表報告した論文です。ご覧下さい。
※本資料の無断複写、流用は著作権法上、禁じられています。転載を希望される場合は、事前に漢方太陽堂にご連絡下さい。本資料は「論文資料」です。

【バレー・リュー症候群(耳鳴り)】

2012年11月、伝統漢方研究会第9回全国大会(日本・福岡県八百治ホテル)

木下文華
福岡県福岡市・日本

[諸言]

「バレー・リュー症候群(Barre-Lieousyndrome)」とは、1925年にフランスの神経学者JABarreが発表し、1928年にはその門下生のYCLieouが、頚椎症に伴う症状の詳細な臨床研究を相次いで報告した症候群である。

後頭頚交感神経症候群として発表後、頸部交感神経の刺激状態によってバレー・リュー症候群が生じ、頭痛、耳鳴り、眩暈、動悸、視覚障害、肩凝り、吐き気、異常発汗、疲労感、脱力感、不眠、うつ病などの自覚症状を主体とするものと定義されている。

漢方治療においても、病態の一部に「バレー・リュー症候群」があることを疑い、糸練功による紙包磁石で頚椎の治療シュミレーションを行ったところ、「バレー・リュー症候群」と関連性のある病態が多く存在することを確認した。

治療シュミレーションの方法は、糸練功にて頚椎の反応をチェック。頚椎に異常な反応があった場合、紙包磁石を貼ることで一時的に頚椎の状態を良くし、主訴の反応が消えるかどうかを糸練功にて確認をする。反応が消えれば何らかの影響があると判断し、頚椎の治療を併せた漢薬を組み立てる。
治療シュミレーションの結果は、頚椎の異常が病態に影響のある場合、無い場合、様々であった。共通している点は、影響のある場合は全て第五頚椎に異常がある。
第五頚椎の治療によって著効を示した例をここに報告する。

【例1】男性69歳・身長166cm体重61kg

【主訴】耳鳴り・頭鳴り。
【既往症】くも膜下出血。
【現病歴】2ヶ月前より、一日中、耳鳴り(頭鳴り)が強弱しつつ鳴っている。最初は水の流れのような音で、最近は高音になってきた。持続性でない。午後より悪化する。
【治療経過】
初回
右耳の反応:経絡病、腎、陽証、0.1合、6+、桂枝加竜骨牡蠣湯加減

4ヶ月後
右耳の反応:経絡病、腎、陽証、4.1合2+、桂枝加竜骨牡蠣湯加減
生体内環境:臓腑病、腎、陰証、2.9合3+、柴胡桂枝乾姜湯
睡眠時にデパスを服用。起床時に耳鳴りがして頭全体へ頭鳴りがする。
漢方治療を次の段階へ切り替えた。

6ヶ月後
右耳の反応:経絡病、腎、陽証、6.8合+(3)、桂枝加竜骨牡蠣湯加減
生体内環境:臓腑病、腎、陰証、5.2合+(3)、柴胡桂枝乾姜湯
頭鳴りの症状が改善されてきた。

7ヶ月後
五志の憂:臓腑病、膀、陽証、0.9合4+、桂枝加竜骨牡蠣湯加減
右耳の反応:経絡病、腎、陽証、6.8合+(3)、桂枝加竜骨牡蠣湯加減
生体内環境:臓腑病、腎、陰証、5.2合+(3)、柴胡桂枝乾姜湯
頭鳴りは軽い時と悪い時の波がある。歩いている間は頭鳴りなし。寝付は悪い。

11ヶ月後
五志の憂:臓腑病、膀、陽証、9.2合±(1)、桂枝加竜骨牡蠣湯加減
右耳の反応:経絡病、腎、陽証、9.6合±(1)、桂枝加竜骨牡蠣湯加減
生体内環境:臓腑病、腎、陰証、9.5合±、柴胡桂枝乾姜湯
朝から夕方にかけての頭鳴りは随分良い。今月に入り、デパスも服用していない。

14ヶ月後
五志の憂:経絡病、心、陽証、0.1合3+、交泰丸
頚椎4番目:臓腑病、膀、陽証、0合3+、麻杏薏甘湯加減
すごく調子が悪く、夜眠れない日が続く。デパスを服用しても3時間しか眠れない。
頚椎をチェックし、五志の憂への影響がないか確認。第四頚椎に反応があった。
頚椎の治療と生体内環境の治療へ切り替えた。

16ヶ月後
五志の憂:経絡病、心、陽証、7.1合+(3)、交泰丸
頚椎5番目:臓腑病、膀、陽証、6.8合+(2)、麻杏薏甘湯加減
ここ数日、非常に調子が良い。頚椎部分はこの時点では、第五頚椎に反応があった。

18ヶ月後
五志の憂:経絡病、心、陽証、7.1合+(3)、交泰丸
頚椎5番目:臓腑病、膀、陽証、6.8合+(2)、麻杏薏甘湯加減
右耳鳴り:臓腑病、小腸、陽証4.8合+(3)、麻杏薏甘湯加減
不眠、耳鳴り、頭鳴りいずれも殆ど症状が無くなった。

【例2】女性55歳・身長159cm体重45kg

【主訴】全身の痺れ、こわばり。
【既往症】糖尿病。
【現病歴】糖尿病を発症して1ヶ月後、全身の痺れやこわばりが起きるようになった。背中、腕から指先までのこわばりがある。両足も痺れとこわばりがある。横に寝た時にこわばりが酷く、身体を動かしていると楽になる。
【治療経過】
初回
五志の憂:臓腑病、脾、陽証、0.1合5+、半夏厚朴湯合茯苓飲加減
後頭部右側:臓腑病、胆、陽証、5.1合4+、柴胡桂枝湯加厚朴芍薬
全身の痺れやこわばりは病院では糖尿病性神経障害と判断。然し、眼の網膜や腎臓への合併症は起きていない。東洋医学的に五志の憂と判断した。

4ヶ月後
五志の憂:臓腑病、脾、陽証、5.3合1+、半夏厚朴湯合茯苓飲加減
後頭部右側:臓腑病、胆、陽証、7.6合+(2)、柴胡桂枝湯加厚朴芍薬
第三頚椎:臓腑病、膀、陰証、0合、5+、桂枝加苓朮附湯
症状の波はまだあるものの、少し良い感じがする。バレー・リュー症候群の可能性を疑い、糸練功にて頚椎をチェック。第三頚椎に反応があった。
五志の憂+頚椎の治療へ切り替えた。

6ヶ月後
五志の憂:臓腑病、脾、陽証、7.9合+(3)、半夏厚朴湯合茯苓飲加減
後頭部右側:臓腑病、胆、陽証、8.6合+(1)、柴胡桂枝湯加厚朴芍薬
第五頚椎:臓腑病、膀、陰証、4.5合1+、桂枝加苓朮附湯
頚椎の治療を始めてから随分症状が改善してきた。光が見えてきたと喜ばれていた。
この時点で第三頚椎と思われていた反応は第五頚椎に反応があった。

8ヶ月後
五志の憂:臓腑病、脾、陽証、8.6合+(1)、半夏厚朴湯合茯苓飲加減
後頭部右側:臓腑病、胆、陽証、9.6合±(1)、柴胡桂枝湯加厚朴芍薬
第五頚椎:臓腑病、膀、陰証、6.9合+(2)、桂枝加苓朮附湯
殆ど症状を気にせず生活出来るようになった。糖尿病は食事療法で取り組んでいる。
ヘモグロビンA1Cが8.6から5.2へ一気に下がってきた。頚椎が糖尿病への影響がないか、治療のシュミレーションを行ったところ、糖尿病の反応も消失し、何らかの影響があると思われた。

【例3】男性38歳・身長171cm体重69kg

【主訴】不安感・パニック障害。
【既往症】特記なし。
【現病歴】高速道路や飛行機に乗るとふいにパニック症状が起こる。手掌に汗をかき、朝方、背中や足が熱くなる。動悸がして不安になる。
【治療経過】
初回
五志の憂:臓腑病、心、陽証、0.1合6+、苓桂朮甘湯加減

5ヶ月後
五志の憂:臓腑病、心、陽証、7.6合+(3)、苓桂朮甘湯加減
動悸や不安感、朝方の背中の熱さは無くなった。手掌の汗はまだある。

17ヶ月後
五志の憂:臓腑病、心、陽証、9.9合±、苓桂朮甘湯加減
午前中に調子の悪い時があった。手掌の汗はかなり消えてきた。

23ヶ月後
五志の憂:臓腑病、心、陽証、10合±、苓桂朮甘湯加減
高速道路に安心して乗れるようになってきた。

24ヶ月後
五志の憂:臓腑病、心、陽証、10合±、苓桂朮甘湯加減
第五頚椎:臓腑病、膀、陽証、0.2合5+、葛根湯加苓朮附
バレー・リュー症候群の可能性が無いかチェック。
第五頚椎に反応があり、治療のシュミレーションでは五志の憂への影響があると思われる。
根本治療を行うべく、第五頚椎をメインとして治療方針を切り替えた。

26ヶ月後
五志の憂:臓腑病、心、陽証、9.8合±、桂枝加桂湯系統
第五頚椎:臓腑病、膀、陽証、7.1合1+、葛根湯加苓朮附
すこぶる調子が良い。
第五頚椎の合数も1ヶ月単位で0.2合→4.4合→7.1合と急速に改善が進んだ。

【考察】

ここに挙げたのは全て「五志の憂」の例である。
「五志の憂」とは、自律神経や精神的なものを東洋医学的に捉えた証である。「五志の憂」は身体に異常がないのに不定愁訴や原因不明の症状を引き起こし、患者さん自身、非常に苦しまれている。
「五志の憂」は「バレー・リュー症候群」の影響を受けているケースが意外にも多いのではないだろうか。また、「五志の憂」以外に三半規管、ホルモン系、原因不明の全身性の痛みなどへの影響もあると思われる。
今後、第五頚椎の治療シュミレーションを行いながら漢方治療を組み立てる事で、更なる治癒率の向上に繋がるのではないだろうか。

【参考文献】

(1)木下順一朗著;古方これだけ覚えれば絶対だ、伝統漢方研究会、2008