漢方学会・研究会での発表論文

漢方太陽堂が、東洋医学関係の学会・研究会にて発表報告した論文です。ご覧下さい。
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【痔核(いぼ痔)】

2014年11月、伝統漢方研究会第11回全国大会(日本・名古屋東急ホテル)

木下文華
福岡県福岡市・日本

[諸言]

肛門上皮と直腸粘膜の境界部分である歯状腺から外側の肛門には知覚神経がある。
歯状腺から内側にある直腸には知覚神経がないので、この部位に出来る病気は痛みを感じない。
歯状腺より外側の肛門部分(肛門上皮で表面を覆われている)に病気が出来た場合、知覚神経があるので強い痛みを伴う。
肛門に出来る病気には、肛門周囲膿瘍、裂肛、痔核、肛門癌、突発性肛門痛等がある。
報告する例は、痔核の治療途中に激しい痛みを再発し、なかなか改善しないと訴える婦人。
痛みの原因を東洋医学独特の概念「五志の憂」と捉え治療したところ、痛みが消失した。

【例】

No.6136女性64歳・身長157cm体重51kg
【主訴】
内痔核
【既往症】
特記すべきことなし。
【現病歴】
妊娠・出産後、30代後半に最初の痔の痛みが現れた。
排便1時間後から寝るまでジワジワ痛みがある。排便時に少しイボが出る。
今まで肛門科の薬や漢方薬を使用してきたが、痛みが取れると使用を中止する、を繰り返してきた。
昨年10月に痛みが再発。肛門科の薬も今まで飲んできた漢方薬もどれも効果が無い。
すがる思いで来局された。
【治療経過】
初回
内痔核:臓腑病、胆、陽証、0.2合、5+、麻杏甘石湯合乙字湯去大黄加減
1ヶ月後
内痔核:臓腑病、胆、陽証、2.9合、3+、麻杏甘石湯合乙字湯去大黄加減
便の出始めが硬いと排便時に脱肛する。便通を良くする為、唐大黄を加えた。
痛みの軽減にスクアレンを外用したが全く効果が無かった。
3ヶ月後
内痔核:臓腑病、胆陽証、5.5合、1+、麻杏甘石湯合乙字湯去大黄加減
痛みはまだあるものの少し良い時がある。痛みさえ早く取れてくれればと切に願っていた。
それから1ヶ月後、便の出も良くなり痛みは随分和らいできた。
6ヶ月後
内痔核:臓腑病、胆、陽証、7.9合+(2)麻杏甘石湯合乙字湯去大黄加減
今月は痔の痛みは全くなかったとのこと。
然し、8ヶ月後から違和感が出始め9ヶ月後には痛みが悪化し始めた。

1年後
内痔核:臓腑病、胆、陽証、9.9合±、経絡病5.9合、麻杏甘石湯合乙字湯去大黄加減
痔が元に戻ったのではないかと思うくらい痛みが酷くなった。
忘憂湯の外用を試したが、全く効果が無かった。
毎日、排便後1時間してから寝るまでの間、強い痛みが続くようになっている。
便の出始めは意識しないとなかなか出ず硬めとのこと。
大黄と芒硝量を微調整しているがなかなか排便が整わない。
1年3ヶ月後
内痔核:臓腑病、胆、陽証、9.9合±、乙字湯去大黄加減
痔(痛み)経絡病、大腸、陽証、5.5合、1+、麻杏甘石湯加良姜
便通:臓腑病、心、陽証、5.8合、1+、小承気湯加甘草
麻杏甘石湯の方意を強め煎じ薬を組み合わせたところ、便通は整ってきたが痛みに変わりない。
1年7ヶ月後
内痔核:臓腑病、胆、陽証、9.8合±、乙字湯去大黄加減
痔(痛み):経絡病、大腸、陽証、6.7合+(2)麻杏甘石湯加良姜
便通:臓腑病、心、陽証、6.6合+(3)小承気湯加甘草
痔(痛み・五志の憂):心、陰証、0.8合、4+甘麦大棗湯
内痔核の合数は10合近くまで改善され安定している。
痔(痛み)の経絡病で捉えている麻杏甘石湯証は7合近くまで来ているにも関わらず、痔の痛みは一向に良くならない。
五志の憂による感覚異常もあるのではと考え、五志の憂と一致する反応がないか探ったところ甘麦大棗湯証を捉えた。
1ヶ月間、甘麦大棗湯を内服したが効果無し。甘麦大棗湯証は、辛い症状が長引いた時にトラウマとして出現する証である。
感覚異常はもっと根深いと思われたので本来の五志の憂である逍遙散へ切り替えた。

1年9ヶ月後
内痔核:臓腑病、胆、陽証、9.9合±乙字湯去大黄加減
痔(痛み):経絡病、大腸、陽証、8合+(2)麻杏甘石湯加良姜
便通:臓腑病、心、陽証、7.8合+(2)小承気湯加甘草
痔(痛み・五志の憂):心、陽証、4.4合、1+逍遙散加甘草香附子
痛みはまだあるが調子の良い日も出てくるようになってきた。
痔核も縮小しているのが実感出来る。肛門を閉めると脱出した痔核が中に戻るようになってきた。
更に1ヶ月後、丸1日続いていた痛みが夕方には落ち着くようになってきた。
このころより五志の憂の治療を強める方向で取り組むようになった。
1年11ヶ月後
内痔核:臓腑病、胆、陽証、9.5合+(2)乙字湯去大黄加減
便通:臓腑病、心、陽証、8.6合+(2)小承気湯加甘草
痔(痛み・五志の憂・A):心、陽証、6.7合+(2)逍遙散加甘草香附子
痔(痛み・五志の憂・Z):胆、陽証、4.8合、3+四逆散加甘草黄連芍薬
最近はまた1日痛い。熱感もありカッカする。糸練功にて治療のシュミレーションを行い、五志の憂の本治に四逆散証を捉えた。
1年13ヶ月後
内痔核:臓腑病、胆、陽証、9.8合±(1)乙字湯去大黄加減
便通:臓腑病、心、陽証、9.6合+(1)小承気湯加甘草
痔(痛み・五志の憂・Z):胃、陽証、6.9合1+四逆散加甘草黄連芍薬
痛みはまだあるものの少し軽くなってきた。
痛みの無い日も出てきたとのこと。便通は安定している。
1年15ヶ月後
内痔核:臓腑病、胆、陽証、9.9合±乙字湯去大黄加減
便通:臓腑病、心、陽証、9.9合±(1)小承気湯加甘草
痔(痛み・五志の憂・Z):胃、陽証、8.1合+(1)四逆散加甘草黄連芍薬
痛みは無くなった。完全に痛みの無い日が2週間続いている。
漢方薬を信じて続けてきて良かったと大変喜ばれた。

【考察】

前述したように、歯状腺より外側にある痔核は強い痛みを伴う。乙字湯証の痔核は肝臓の門脈圧亢進が原因で、門脈圧亢進により肝臓に行くべき血液が逆流し肛門付近に血液が集まり静脈のうっ血が生じて痔核の元となる。その為、肛門周辺を座薬や手術で治療しても一時的で静脈のうっ血がある限りいずれ再発する事が多い。
漢方薬は原因となる肝臓の門脈圧を正常化し痔核の元である肛門静脈のうっ血を改善する。

今回の例は痔核が改善しているにも関わらず強い痛みが再発した際に、殆どの痔核の痛みに有効な忘憂湯(外用)を用いたのだが全く効果がなかった。
アトピーの痒み同様に、長年辛い症状を患うと潜在意識の中でトラウマが生まれてくる。病能は良くなっていてもそのトラウマがある限り患者さんの訴えは消えない。病状に苦しむ程、トラウマが生まれる可能性が高くなるのである。
病能が良くなっているにも関わらず自覚症状の改善がみられない時は、このトラウマの存在を忘れず、五志の憂の影響がないか確認する事は非常に重要ではないだろうか。

【今回使用した漢方薬・保険食品】

乙字湯
麻杏甘石湯
忘憂湯<外用>
田七人参末
シャ虫末
甘麦大棗湯(松浦漢方株式会社)
逍遙散(杉原達二商店)
四逆散(ウチダ和漢薬)
良塊仙(有限会社MDR)
填南仙(有限会社MDR)
スクアレン(有限会社MDR)
五志源(有限会社MDR)

【参考文献】

木下順一朗著;古方これだけ覚えれば絶対だ、伝統漢方研究会、2008