漢方学会・研究会での発表論文

漢方太陽堂が、東洋医学関係の学会・研究会にて発表報告した論文です。ご覧下さい。
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【X-交差治療法】

2016年11月、伝統漢方研究会第13回全国大会基調講演(日本・長良川温泉・十八楼)

木下順一朗
福岡県福岡市・日本

【緒言】

間中四分画診断は、臍を中心として帯脈と任脉で腹部を四分画にする。身体に異常があると、四分画の上下・左右いづれかで信号を発し、2箇所が陰証、2箇所が陽証の信号を発し対立性である。
間中善雄先生に師事された故入江正先生は、間中四分画診断を現在の治療法が完全であるかどうか、最終確認として用いられ我々にも推奨された。

【原始信号・X-信号系】

そもそも経絡の概念は解剖学的にも神経学的にも存在しない。しかし臨床上は疑うことなく経絡現象が存在し治療に応用できる。
間中善雄先生は「人間の身体には、その種族発生の早い時期に成立していた原始的信号系が残存している・・・。
粘菌という単細胞生物(正確には真性粘菌と細胞性粘菌に分けられる)、この粘菌は通常は個々別々に生活しているが、環境が悪化してくると集まってきて集合体を作る。枝が出来、胞子が出来て繁殖を図る。単細胞の生物がどうしてこのような総合的な動態を示しうるのか?・・・。
人間は粘菌よりはるかに進化した生物、はるかに複雑な信号系を獲得した・・・。
経穴に非常に微小な操作を加えると、その部位と一見無関係な部位に著名な反応となって現れる現象を経験する・・・。
人間が現在のように進化していない頃、今のように複雑な制御機構を持っていなかった時点で持っていた『原始的な信号系』が遺体制として、今なお残存する。針術の有る種の手技、極めてデリケートな操作が意外な効果を与える理由は、こういう一般に注目されていない『X-信号系』が関与しているためである。」と述べられている。

【間中四分画診断】

東洋医学では、陽は上部・左側・背側。陰は下部・右側・腹側が該当している。生体は上下・左右・背腹でバランスを保とう(勝復関係)としている。
任脉・督脉を境とした左右のバランス、帯脈(臍)を境とした上下のバランス、更に三焦経・心包経・胆経・肝経(脾経)を境とした背側・腹側を入れると8分画となる。
太極(健康)の状態では、陰陽のバランスが取れている。この陰陽のバランスが取れているかどうかを判断し、現在の治療法が完全であるかどうかの判断をするのが間中四分画診断である。

【X-交差治療法】

生体が上下・左右・背腹でバランスを取ろうとしているのであれば、「病が発している信号(臓腑)を治療する鍼灸・手技・漢方等の治療点」とは別に、「生体を太極にする、病に対する自然治癒力を発揮する或いは補完する信号」が生体から発せられているのではないかと考えられる。
上下では、手の臓腑に対する足の臓腑。右側の臓腑に対する左側の臓腑のX-交差点が考えられ、上下左右の対照の臓腑がバランスを取るためのX-交差点が存在すると考えられる。

【例1】

41歳、女性
主訴:8年間、婦人科のホルモン治療にて卵巣機能低下。年に数回しか生理が来ない。
既往歴:13歳慢性腎炎。27歳胃潰瘍。34歳子宮内膜症・チョコレート嚢腫
現病歴:婦人科で不妊症の治療を行ってきた。チョコレート嚢腫術後から卵巣機能低下。
現症:身長170cm、体重62kg。血圧98/50mmHg。
舌は燥湿中間、黄苔薄い。歯切痕少。手足のみ冷え、水分摂取多い。便秘がちで下剤服用。
治療法決定:乳腺の反応に対し、[大腸陽証、芍薬甘草湯加青皮合桂枝茯苓丸]→[X-交差;膀胱陽証、桂枝加竜骨牡蠣湯]
芍薬甘草湯加青皮合桂枝加竜骨牡蠣湯合桃核承気湯減大黄加黄芩を投薬

2015年9月29日、生理が来る
2016年1月23日、おりものに少し血が混じる。基礎体温表では明らかに低温期と高温期の山が出来始める。
2016年3月31日、生理のような出血が2日間ある。
2016年7月02日、黒い生理の終わりみたいな出血が1日ある。基礎体温表の高温層と低温層が明確に出てくる。
2016年8月06日、3日間、生理が普通に来る。血海・卵巣の反応に対し、[脾陰証、人参当芍散]→[X-交差;三焦瀉、桂枝甘草]
桂枝加竜骨牡蠣湯加竜骨合人参当芍散加唐大黄に変方。

【例2】

66歳、女性
主訴:不整脈、期外収縮
既往歴:平成22年7月、横行結腸癌ステージⅡ、福岡歯科大にて手術、抗がん剤治療なし、リンパへの転移なし。不眠状態はこの後から、入院時不整脈を起こす。
現病歴:食事後・運動後が一番酷く、調子が悪い日は脈が飛んでいる。食後は胸が詰まった様になりドクドクする。胸がキューっと縮まっている感じ。年に一度、心エコー、運動負荷を掛けながらの心電図検査。
現症:身長154cm、体重54kg。血圧125/68mmHg。足のみ冷え症、口渇なし。便秘がちで便秘薬服用。

2016年5月9日
治療法決定:不整脈・期外収縮に対し、[心陽証、半夏厚朴湯合桂枝甘草竜骨牡蛎湯] →[X-交差;胃陽証、牡蠣]
半夏厚朴湯加香附子合桂枝甘草竜骨牡蛎湯を投薬。
2016年6月24日、24時間ホルダーをつけての検査があったが異常なし。自覚症状としても、「なんかいい感じがする。」とのこと。
2016年8月6日、異常なく、順調。

【例3】

42歳、女性
主訴:寒くて眠い。週の半分は頑張って起きているが、頑張った分、週の半分は起きていられない。疲労感強。
既往歴:肌荒れ、ニキビ(おでこ、顎)、じんましん
現症:身長168cm、体重53kg。血圧100/60mmHg。舌は燥湿中間、苔薄い。歯切痕少。紅舌、舌下静脈あり。足のみ冷え症、のぼせ有。季節の変わり目や体調の悪い時などに上半身がほてってくる(微熱もあり)。発汗は真夏になると急に多くなる(首から上)、便秘薬は常時服用。

2016年1月12日
治療法決定:冷えに対し、[脾陰証、人参湯]→[X-交差;小腸陽証、龍骨の証(桂枝加竜骨牡蠣湯)]。
疲労感(五志の憂)に対し、[胆陽証、四逆散]→[X-交差;小腸陽証、龍骨の証(桂枝加竜骨牡蠣湯)]
※四逆散に桂枝加竜骨牡蠣湯の方位を組み込むと冷え(脾陰証)にも対応できると考えられる。
四逆散加甘草黄連竜骨芍薬を投薬。
2016年3月5日「上半身の冷えは改善されましたが、足先が尋常じゃない位に冷えてます。」とのこと。
2016年5月25日「倦怠感や眠気は最近は無いです。のぼせが出て来て頭部が熱いです。髪の毛が塗れるくらい汗をかいて身体は寒いです。」龍骨の証を補うために牡蠣肉エキスを追加。
2016年8月6日「尋常じゃない汗が出なくなりました。笑っちゃうくらい良く効いてます。疲労感も無いです。眠気も前ほどではありません。」とのこと。

【例4】

49歳、女性
主訴:生理中の激しい頭痛
既往歴:逆流性食道炎、胃炎、動悸
現病歴:26年前(15歳の頃)から生理時に頭痛が続いている。
現症:身長168cm、体重60kg。舌は湿、白苔薄い、舌下静脈あり。冷えは手足のみ、二便正常。

2016年2月18日
治療法決定:頭痛(生理時)に対し、[心陽証、川芎茶調散加甘草大黄]→[X-交差;胆陽証、白芍薬]。
川芎茶調散加甘草大黄白芍薬を投薬
2016年3月19日「排卵時の頭痛もありませんでした。今日は生理3日目ですが、頭痛は全くありません。」とのこと。
2016年5月11日「生理の3日目で頭痛。排卵時に少し頭痛があります。」
2016年5月26日、排卵時に頭痛があるため、排卵時頭痛を糸練功にて確認。
治療法決定:頭痛(排卵時)に対し、[肺陽証、五苓散加川芎]→[X-交差;胃陽証、猪苓]
五苓散加川芎を頓服にて投薬。
2016年6月4日「排卵時の頭痛は、先日に頂いた漢方薬を2回飲んだだけで収まりました。」
2016年8月9日「排卵の時も生理の時も、頭痛は全くありませんでした。」

【例5】

42歳、男性
主訴:頻脈、高血圧
既往歴:胃腸障害、不眠症、慢性副鼻腔炎、喘息気味(9~11月頃)、頭痛、肩こり、冷え性気味、高コレステロール血症
服用薬:ハルシオン0.25、ストガー錠、リピトール
現症:身長170cm、体重54kg。血圧150/105mmHg。舌は燥湿中間、歯切痕があり、舌色瘀血色。冷えのぼせ、胃痛、軟便。

2016年2月5日
治療法決定:血圧に対し、[心陽証、半夏白朮天麻湯]
頻脈(五志の憂)に対し、[心陽証、桂枝甘草竜骨牡蛎湯]→[X-交差;脾陰証、半夏白朮天麻湯]
※血圧は八物降下湯証もあるが、半夏白朮天麻湯合桂枝甘草竜骨牡蛎湯でsmになる事を確認。
半夏白朮天麻湯加丹参白芷合桂枝甘草竜骨牡蛎湯加川芎竜骨を投薬。
2016年3月29日「血圧も128/88、脈も88と落ち着いて来ました。最近は疲労感とかそっちです。」
2016年4月26日「最近は130前後/90前後です。脈も80~90の間が多かったです。地震の前は最低血圧が80台とかでした。」と地震にて少し悪化。
2016年7月19日「忙しいと下の血圧が上がります。下が上がった時は100位で、上は130位です。でも前は下が高い時は110位まで上がってたので、その頃と比べるとそこまで上がらなくなってきました。」とのこと。

【考按並びに結論】

例3では、「胆の四逆散」に対しX-交差「小腸の龍骨」が見つけられ、結果、四逆散加龍骨。
例4では、「心の川芎茶調散」に対しX-交差「胆の芍薬」が見つかり、川芎茶調散加芍薬。
例5では、「心の桂枝甘草竜骨牡蛎湯」に対しX-交差「脾の半夏白朮天麻湯」を見つけ、半夏白朮天麻湯合桂枝甘草竜骨牡蛎湯となった。

また次のような例もある。骨粗鬆症の御婦人で、「膀胱の防已黄耆湯」に対しX-交差「三焦の石膏」で、越婢加朮附湯合防已黄耆湯を導き出した。
生体に異常が生じると、その部位は陰証か陽証の病態を呈する。同時に生体には、その異常を解消しバランスを整え太極にしようとするシステムが存在している。難経七十五難の勝復もその一つだと考えられる。
X-交差治療法は、その生体のバランスを整えようとするもう一つの治療X-交差を探す方法である。生体の持っている治癒力を助け、或いは補完するもう一つの治療点がX-交差だと考えられる。

【参考文献】

(1)木下順一朗:伝統漢方研究会「湯液加減方と鍼灸加減方に対する間中四分画の可能性」,2007
(2)間中善雄・板谷和子:体の中の原始信号,P62-103,(株)地湧社,東京,1990
(3)入江正:臨床東洋医学原論,P130,入江正,大阪,1990