漢方学会・研究会での発表論文

漢方太陽堂が、東洋医学関係の学会・研究会にて発表報告した論文です。ご覧下さい。
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【統合失調症】

2013年11月伝統漢方研究会第10回全国大会(日本・セルリアンタワー東急ホテル)

木下文華
福岡県福岡市・日本

[諸言]

かつて、Schizo(分裂)、Phrenia(精神病)=精神分裂病と言われていた統合失調(Schizophrenie)は、根本病理は今なお明らかでなく概念の境界を定め難く、種々の異型を含む病態である。思春期に徐々に発病し、症状と経過はかなり複雑多岐で変化に富む。
多くの精神疾患と同じように慢性の経過をたどりやすく、その間に幻覚や妄想が強くなる急性期が出現する。
病因は未だ解明しておらず、神経伝達物質の一つであるドパミンの過剰など様々な仮説が提唱されている。
一方、東洋医学では、統合失調症は神経症や癲癇等の精神神経症と同じ「五志の憂」として捉える。五志の憂とは、東洋医学の独特の精神神経症概念。五志とは、東洋医学の概念で「怒、喜、思、悲、恐驚」の5種の精神状態のことを言う。
統合失調症と癲癇、その他精神神経症状に対する漢方治療において、ドパミンの正常化が改善の鍵を握るのではないかと考えられる。ドパミンに作用する薬味は、厚朴、芍薬、牡蠣、竜骨、竜歯等・・・基本薬方にこれらの薬味を組み合わせることで更なる著効を示した例を経験したのでここに報告する。

【例1】No.6314女性20歳、身長160cm、体重43kg

【主訴】統合失調症。
【既往症】特記すべきことなし。
【現病歴】幻聴が酷く、幻聴で聞いたことを声に出して言う。幻聴に言われて急に外へ出る。夕方から夜にかけて幻聴が酷くなる。
【治療経過】
初回
五志の憂:臓腑病、三焦、陽証、-0.2合、6+、桃核承気湯加炙甘草
第五頚椎:臓腑病、膀胱、陰証、0.4合、3+、桂枝加朮附湯加炙甘草
1ヶ月後
五志の憂:臓腑病、三焦、陽証、2.7合、2+、桃核承気湯加炙甘草
第五頚椎:臓腑病、膀胱、陰証、3.2合、1+、桂枝加朮附湯加炙甘草
良く眠れるようになり、幻聴による声は出なくなった。幻聴はまだ聞こえる。
5ヶ月後
五志の憂:臓腑病、三焦、陽証、7.3合、+(1)、桃核承気湯加炙甘草牡丹皮
第五頚椎:臓腑病、膀胱、陰証、3.7合、2+、桂枝一越婢ニ湯加朮附湯
食欲が出てきて体調は良い。ただ、声がまた一日出るようになってきた。
親御さんより、「糸練功でドパミンの量をみれるか?」という質問をヒントに、ドパミン分泌量や感受性を正常化する薬味を模索し、桃核承気湯に牡蠣を追加した。
7ヶ月後
五志の憂:臓腑病、三焦、陽証、8.7合、+(1)、桂枝加竜骨牡蠣湯加甘草青皮
第五頚椎:臓腑病、膀胱、陰証、5.3合、+(3)、桂枝一越婢ニ湯加朮附湯加牡蠣
随分落ち着いて静かになってきた。以前の目つきに戻る時がある。病状が出てから24時間自分の世界に入っていたのが、興味のある事に対しては会話が出来るようになってきた。
今まで捉えていた五志の憂は桃核承気湯証から桂枝加竜骨牡蠣湯証へ変化していた。

【例2】No.5450男児8歳、身長107cm、体重16kg

【主訴】どもり症
【既往症】特記すべきことなし。
【現病歴】幼児健診等で発育遅れなど指摘されたことはないが、3~4歳頃から発音がはっきりしないどもりがある。(さ行・た行・は行が同じに聞こえる)単語の言い間違えも多い。(タオルケットがタルオケットなど)
【治療経過】
初回
五志の憂:臓腑病、心、陽証、-0.1合、5+、四物湯合苓桂朮甘湯加減
1ヶ月後
五志の憂:臓腑病、心、陽証、2.2合、3+、四物湯合苓桂朮甘湯加減
どもりが軽くなったような気がする。子供も「甘くて美味しい」と漢方薬を好んで飲んでいる。
3ヶ月後
五志の憂:臓腑病、心、陽証、2.2合、3+、四物湯合苓桂朮甘湯加減
五志の憂:臓腑病、肺、陰証、0.4合、4+、半夏厚朴湯合桂枝甘草竜骨牡蛎湯加減
先月からどもりが酷くなり、あまり変化がない。
6ヶ月後
五志の憂:臓腑病、心、陽証、6.7合、+(3)、四物湯合苓桂朮甘湯加減
五志の憂:臓腑病、肺、陰証、4.6合、1+、半夏厚朴湯合桂枝甘草竜骨牡蛎湯加減
少し良いような気がする。

15ヶ月後
五志の憂:臓腑病、心、陽証、9.7合、±、四物湯合苓桂朮甘湯加減
五志の憂:臓腑病、肺、陰証、8合、+(2)、経絡病、2.3合、半夏厚朴湯合桂枝甘草竜骨牡蛎湯加減
どもりが悪化している本人もおしゃべりや授業中の発表で手を上げることをしたがらない。
症状を早く抑える為、補助剤(MDR製;鶏血藤製剤)を追加した。
18ヶ月後
五志の憂:臓腑病、肺、陰証、9合、+(1)、経絡病、5.4合、柴胡加竜骨牡蠣湯加減
学校が休みの間は良かったが、新学期が始まりどもりが以前のように戻った。
今まで捉えていた証が全て柴胡加竜骨牡蠣湯で消失する事を確認。
半夏厚朴湯合桂枝甘草竜骨牡蛎湯から柴胡加竜骨牡蠣湯へ切り替えた。柴胡加竜骨牡蠣湯に甘草と竜歯末を加味し投薬した。
24ヶ月後
五志の憂:臓腑病、肺、陰証、9.9合、±、柴胡加竜骨牡蠣湯加減
ここ数ヶ月落ち着いている。
30ヶ月後
五志の憂:臓腑病、肺、陰証、10合、±、柴胡加竜骨牡蠣湯加減
どもりが全く気にならなくなった。言葉を発する事も大丈夫になってきた。

【例3】No.5891女児7歳、身長109cm、体重17kg

【主訴】重度の自閉症
【既往症】特記すべきことなし。
【現病歴】5歳の時に重度の自閉症と診断された。コミュニケーションが殆ど取れず、今でこそ多少の指示などは聞いてくれるが、会話と言うよりもオウム返しのみで、生まれてから今まで一度も日常会話をした事がない。少しでもいいので改善する方法があればお願いいたします。
【治療経過】
初回
五志の憂:臓腑病、心包、陽証、0.1合、4+、桃核承気湯加減
3ヶ月後
五志の憂:臓腑病、心包、陽証、4.4合、2+、経絡病、2.9合、桃核承気湯加減
指導した緑の野菜を食べられるようになってきた。煮干の味噌汁も1日2回摂っている。
幼稚園の運動会の時期で、去年は相当なストレスがかかっているようだったが今年は落ち着いている様子。
4ヶ月後
五志の憂:臓腑病、心包、陽証、6.2合、1+、経絡病、4.8合、桃核承気湯加減
少しずつ言うことを聞くようになってきた。去年は暴れ回った運動会も今年は落ち着いてこなせた。
7ヶ月後
五志の憂:臓腑病、心包、陽証、8.3合、+(1)、経絡病、6.8合、桃核承気湯加減
便秘が良くなり毎日快便。幼稚園の友達とも少しずつコミュニケーションがとれるようになってきた。
桃核承気湯と併せて猿頭仙を追加した。更に1ヶ月後、牡蠣を追加した。

9ヶ月後
五志の憂:臓腑病、心包、陽証、9.3合、±(1)、経絡病、6合、桃核承気湯加減
第五頚椎:臓腑病、膀胱、陽証、-0.4合、5+、葛根湯加苓朮
体調は良いが、小学校に入りストレスが溜まるのか家で大声を出すようになってきた。
第五頚椎の反応を確認。バレーリュー症候群の可能性があると考え第五頚椎の治療も並行して行うこととした。
13ヶ月後
五志の憂:臓腑病、心包、陽証、9.8合、±、桃核承気湯加減
第五頚椎:臓腑病、膀胱、陽証、6.7合、1+、葛根湯加苓朮、最近、急に調子が良くなってきた。
比較的聞き分けも良く便通も快調。
16ヶ月後
五志の憂:臓腑病、心包、陽証、10合、±、桃核承気湯加減
第五頚椎:臓腑病、膀胱、陰証、0.2合、5+、桂枝一越婢ニ湯加朮附
特に調子良く過ごしている。第五頚椎に陰証の反応出現。陽証から陰証の薬方へ切り替えた。
18ヶ月後
五志の憂:臓腑病、心包、陽証、10合、±、桃核承気湯加減
第五頚椎:臓腑病、膀胱、陰証、4.3合、2+、桂枝一越婢ニ湯加朮附
小学校では進級し、良い担任の先生に出会えたようで機嫌良く過ごしている。コミュニケーションも上手くとれるようになり特に問題はない。

【考察】

精神神経症は、大きく次の3つに分類される。
一、神経症(ノイローゼ、ヒステリー、鬱病。)
二、統合失調症(初期の段階は神経症と同じ症状。独り言、空笑い、幻覚・幻視・幻聴が特徴。)
三、癲癇(大発作と小発作がある。)
上記の二に焦点を当てドパミンとの関係を考察した。
大脳基底核に存在する黒質緻密部ニューロンの変性によってドパミンが減少するとパーキンソン病が発症すると言われている。それとは正反対にドパミンの過剰が統合失調症の原因であるという仮説がある。
ドパミンの減少は、パーキンソン病、高プロラクチン血症、癲癇等、ドパミンの過剰は、統合失調症、低プロラクチン血症等と関係があると思われる。
糸練功で確認をすると、
ドパミンの分泌を促進する薬味・・・厚朴、芍薬、竜骨、竜歯
ドパミンの分泌を抑える薬味・・・・牡蠣、真珠皮末
最近、ドパミンに作用する薬味を基本薬方に組み合わせることで上記の症状が改善する例を多く経験している。竜骨と竜歯の使い分けとして、精神的なものが強い場合は竜歯を、漏れを防ぐ働きを強めたい時は竜骨を用いる。真珠皮末は、牡蠣を更に強めた作用があると思われる。
ドパミンに作用する薬味を上手く組み合わせる事で今後の精神神経症の治癒率が上がることを期待する。

【今回使用した漢方薬・保険食品】

桃核承気湯(松浦漢方株式会社)
桃核承気湯(桃仁4、広南桂皮東北甘草芒硝2、唐大黄0.34)
桃核承気湯(桃仁2.1、広南桂皮1.7東北甘草0.8、芒硝0.9、唐大黄0.07)
サンワロンK(三和生薬株式会社)
牛黄清心元(日本製薬株式会社)
竜仙(有限会社MDR)
越婢加朮湯(長倉製薬)
加工附子末(三和生薬株式会社)
桂枝加竜骨牡蠣湯(広南桂皮白芍薬大棗4、生姜1、東北甘草2、竜骨牡蠣3)
四物湯合苓桂朮甘湯(当帰白芍薬川芎熟地黄0.6、茯苓1.8、広南桂皮1.2、白朮0.9、東北甘草0.6)
半夏厚朴湯合桂枝甘草竜骨牡蛎湯(半夏1.2、茯苓1、厚朴0.6、蘇葉0.4、生姜0.2、広南桂皮1.2、東北甘草竜骨牡蠣0.6)
柴胡加竜骨牡蠣湯(柴胡2.5、半夏2、茯苓広南桂皮1.5、黄芩大棗1.3、生姜0.5、竹節人参竜骨牡蠣1.3、綿紋大黄0.11)
葛根湯(長倉製薬)+甘草末、蒼朮末、茯苓末
五志源(有限会社MDR)
鹿茸末
真珠皮末
竜歯末
猿頭仙(黄連末0.65、大黄末0.12、白芷末0.09、川芎末0.24、牡蠣末0.16、青皮末0.11、竜歯末0.12、炙甘草末0.27、真珠皮0.12)

【参考文献】

木下順一朗著;古方これだけ覚えれば絶対だ、伝統漢方研究会、2008