漢方学会・研究会での発表論文

漢方太陽堂が、東洋医学関係の学会・研究会にて発表報告した論文です。ご覧下さい。
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【慢性GVHD(graft_versus_host_disease)】

2012年9月傷寒論セミナー経方臨床運用(中国・中山市中医院、広州中医薬大学第一付属医院)

木下順一朗
福岡県福岡市・日本

[諸言]

免疫組織を直接移植する造血幹細胞移植(骨髄移植)や輸血では、移植片対宿主病GVHD;graft_versus_host_diseaseがより発生しやすくなる。

またGVHDは他の様々な臓器移植後にも発生することがある。

臓器受給者recipientの身体は、臓器提供者donorの移植片graftにとって異物である。そのため、臓器提供者donorの免役機構が、臓器受給者recipientの全身組織を攻撃し破壊することがある。これが臓器移植に伴う合併症である移植片対宿主病GVHDである。

これとは逆に拒絶反応(rejection)は、臓器受給者(recipient)の免疫機構が臓器提供者(donor)の移植片を攻撃する合併症である。GVHDとは攻撃する側と攻撃される側が反対となる。

GVHDの原因は判っていないが、急性期は臓器提供者donorのリンパ球が主因と考えられ、治療は免疫抑制剤やステロイドが用いられる。
また、慢性期の治療でも免疫抑制剤やステロイドが用いられる。しかし慢性期では一部症状の改善が見られることはあるが、多くの例では症状の持続または増悪することが多い。

慢性GVHDの治療法は確立されていない。そのため、一般的に長期生存者の「生活の質」QOL;Quality_of_Lifeは低いのが現状である。

今回、日本の伝統的漢方治療により慢性DVHDの患者さんの症状が改善したので報告することとする。

【例】41歳、男性、会社員

主訴;急性リンパ性白血病治療による末梢血幹細胞移植後の慢性GVHD。
唾液が減少。唾液が少ないため食べる物が限られる。食欲不振。臭いに敏感。疲労倦怠感。服用西洋薬の副作用により胸水貯留し呼吸が苦しい。微量の白血病細胞が残存している。

既往症;2009年大腸憩室炎により1週間ほど入院治療。
現病歴;2010年11月;発病。
2010年12月;地元大学病院に入院。「急性リンパ性白血病」と診断。抗がん剤投与開始。
2011年7月;兄弟より末梢血幹細胞移植を受ける。
2011年8月;地元大学病院を退院。その後、週1回の外来診療を受ける。3週間後、骨髄検査にて白血病細胞すべて消滅を確認される。
2011年10月;骨髄検査にて再度白血病細胞が微量検出される。

西洋服用薬;1年間のステロイド治療後、スプリセル(ダサチニブ抗悪性腫瘍剤Dasatinib_Hydrate)、バクタ配合錠(合成抗菌剤Sulfamethoxazole)、ゾビラックス(抗ウイルス剤Aciclovir)、ミコシストカプセル(抗真菌剤Fluconazole)、パリエット(消化性潰瘍用剤Rabeprazole_sodium)、睡眠導入剤マイスリー(酒石酸ゾルピデム:zolpidem)を服用中。

現症;身長173cm、体重59Kg。血圧120/85mmHG。唾液が出ない、疲労倦怠感が強度、顔色は貧血色、四肢の冷え、口乾あり、発汗少ない、食欲不振、二便正常。

治療経過;
2011/12/09
患者は、移植後のGVHD(移植片対宿主病)の影響による唾液量の減少に有効な西洋薬がないため、漢方治療を希望。ステロイド治療は8月初旬まで1年間、ステロイドを止めてから唾液量の減少と疲労感が酷くなっていると訴えられる。
1.骨髓(血液)の反応;腎の陽証、臓腑病9.1合±(1)
2.唾液・五志の憂;腎の陽証、臓腑病0.1合6+
3.脾虚(疲労);脾の陰証、臓腑病0.2合5+
四物湯19/20(3.4)合苓桂朮甘湯「3/5」(3.8)加大黄0.2(0.12)甘草0.4(0.09)(川キュウ0.4)黄連0.9(0.21)を投薬。
同時に燥性(利尿)の食材;苦味・アク(ゴーヤ、茄子、牛蒡、コーヒー、お茶・・・)等を避け、潤性の食材;海産物(海藻・昆布ヒジキ、小魚・内臓ごと食べられる小魚)、塩辛い物、果物(特に梨は良い。逆に柿はアクがあり乾燥させる)を摂る様に指導。

2012/01/11
1ヶ月漢方薬を服用し、患者は唾液量に変化は無いが、食欲が出て来ていると食欲の改善を言われる。
1.骨髓(血液)の反応;腎の陽証、臓腑病9.2合±(1)
2.唾液・五志の憂;腎の陽証、臓腑病1.2合2+
3.脾虚(疲労);脾の陰証、臓腑病2.8合1+
脾虚(疲労感)が著しく先月0.2合→今月2.8合へと改善してきている。
投薬は、甘草減、黄連抜き、麦門冬を追加し滋潤作用を強める。
四物湯19/20(3.4)加麦門冬4合苓桂朮甘湯「3/5」(3.8)加甘草0.3(0.07)大黄0.2(0.12)(川芎0.4)

2012/02/15
唾液の分泌量が増え自覚症状は改善してきた。しかし発汗は殆どしない。西洋医の検査で、悪性の白血球がまだ少し出るとのこと。
1.骨髓(血液)の反応;腎の陽証、臓腑病9.6合±(1)
2.唾液・五志の憂;腎の陽証、臓腑病3.2合2+
3.脾虚(疲労);脾の陰証、臓腑病4.1合1+
投薬は、大黄抜き。
四物湯19/20(3.4)加麦門冬4合苓桂朮甘湯「3/5」(3.8)加甘草0.3(0.07)(川芎0.4)

2012/03/17
唾液の分泌量は更に増えてきている。少しづつ発汗もするようになった。
1.骨髓(血液)の反応;腎、陽証、臓腑病9.8合±(1)
2.唾液・五志の憂;腎、陽証、臓腑病3.8合2+
3.脾虚(疲労);脾、陰証、臓腑病5.0合1+
投薬は、便秘勝ちになったため、再度大黄を追加。
四物湯19/20(3.4)加麦門冬4合苓桂朮甘湯「3/5」(3.8)加甘草0.3(0.07)大黄0.2(0.12)(川芎0.4)

2012/04/14
唾液量は移植前と同程度までに回復。食欲も増え、食事時などに発汗もするようになった。
2012年3月6日の西洋医の骨髄検査による結果によると、分子レベルで白血病細胞は消失。
1.骨髓(血液)の反応;腎、陽証、臓腑病9.9合±
2.唾液・五志の憂;腎、陽証、臓腑病4.6合1+
3.脾虚(疲労);脾、陰証、臓腑病6.0合1+

2012/05/19
前月と変わりなく調子が良い。食欲も更に増える。
1.骨髓(血液)の反応;腎、陽証、臓腑病10.0合±
2.唾液・五志の憂;腎、陽証、臓腑病5.3合1+
3.脾虚(疲労);脾、陰証、臓腑病6.6合1+
投薬は黄柏を追加。
四物湯19/20(3.4)加黄柏2.3麦門冬4合苓桂朮甘湯「3/5」(3.8)加甘草0.3(0.07)大黄0.2(0.16)(川芎0.4)

2012/06/20
少し軟便になる。食欲、唾液分泌も問題が無いほどに回復。少しだが発汗もする。ただ疲労感有り、睡眠は良好。
1.骨髓(血液)の反応;腎、陽証、臓腑病10.0合±
2.唾液・五志の憂;腎、陽証、臓腑病6.9合1+
3.脾虚(疲労);脾、陰証、臓腑病7.3合+(3)
投薬は麦門冬・川芎増。大黄減。
四物湯19/20(3.4)加(甘草)黄柏2.3麦門冬4.7合苓桂朮甘湯「3/5」(3.8)加甘草0.3(0.07)大黄0.09(0.07)(川芎0.7)

2012/07/13
下痢は収まる。唾液分泌も発汗も共に正常なほどに回復。ただ疲労感は有り。肝機能やLDHの数値が上昇している。γGTPも同時に上昇。西洋薬の影響だと思われる。
1.骨髓(血液)の反応;腎、陽証、臓腑病10.0合±
2.唾液・五志の憂;腎、陽証、臓腑病8.4合+(1)
3.脾虚(疲労);脾、陰証、臓腑病8.1合+(3)

【考案並びに結論】

今回使用した薬方「連珠飲」は、日本漢方では自己免疫疾患のシェーグレン症候群(Sjogren_syndrome)にも汎用する。この事は今回の慢性GVHDに連珠飲を使用する誘因となった。
筆者の使用した「連珠飲加減方」は、苓桂朮甘湯・茯苓桂枝白朮甘草湯(傷寒論)と四物湯(和剤局方・巻之九・治婦人諸疾)を日本の本間棗軒(1804年-1872年)が合方し創設した処方「連珠飲(1867年内科秘録)」を元に筆者が変方した。
本間棗軒は、麻佛散を使った全身麻酔手術を行ったことでも有名である。

例の患者は、移植後のGVHD(移植片対宿主病)による症状「唾液が出ない」、「食欲がない」、「発汗しない」、「疲労倦怠感」等の症状が連珠飲加減方にて消失した。

慢性GVHDの治療法が確立されていない現状において、伝統的漢方治療にて慢性GVHDの症状が消失したことは特記すべき事と考えられる。