漢方学会・研究会での発表論文

漢方太陽堂が、東洋医学関係の学会・研究会にて発表報告した論文です。ご覧下さい。
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【不育症】

2009年11月傷寒論学会経方臨床運用(中国・広州中医薬大学)

木下順一朗
福岡県福岡市・日本

[諸言]

不妊症(Femaleinfertility)や不育症で悩んでいるご夫婦は非常に多く切実である。不妊症に対する東洋医学の治療法、治療薬は非常に多く、また有効性も高い。また西洋医学的薬理解析も行われている。例えば、高プロラクチン血症(Hyperprolactinemia)に対する芍薬甘草湯。抗核抗体(Anti-DNAAntibody)や抗リン脂質抗体が原因の不育症に対する柴苓湯(小柴胡湯合五苓散)、白朮によるサイトカイン(Cytokine)Th2のインターロイキン(Interleukin)-5への直接分泌抑制作用などが証明されてきている。

今回、不妊症・不育症に対して傷寒雑病論金匱要略婦人妊娠病脈証并治第二十「当帰散」、傷寒論太陽病中篇第四十二章「五苓散」、第五十四章「小柴胡湯」を主薬方とし、有効だった例を経験したので報告する。

〔対照並びに方法〕

西洋医学の婦人科にて治療を受けたが妊娠に至らなかった例にて東洋医学的投薬治療を行う。望診・問診・糸練功による脈診、基礎体温表を元に当帰散証或いは柴苓湯証と判断し投薬治療をした。

例1:39歳、女性、主婦

主訴:結婚6年、1度も妊娠経験なし。
既往症:特記すべき事なし。
現病歴:1年前より、西洋医学の婦人科の治療を受けている。西洋医学的な検査では異常が無いため、排卵確認とタイミング療法のみ受けている。
現症:身長158cm、体重56kg、血圧106/89mmHg、冷え性で寒がり、顏色普通、口渇・口乾無し、二便正常。時々蕁麻疹が出る。性周期28日、生理期間5日間、生理痛は殆ど無い。
治療経過:2006年12月8日、温経湯と柴苓湯を投薬。
2007年1月11日、東洋医学の治療を受けてから、月経前症候群(Premenstrual_Syndrome)による動悸や頭痛・精神不安が消失し肌も綺麗になる。
2007年3月~9月の間に西洋医学の婦人科にて体外受精(InVitroFertilization)を3回行うが、妊娠には至らなかった。
2008年2月5日、東洋医学の服薬治療のみにて自然妊娠。西洋医学の婦人科にて胎嚢を確認し5週目と診断される。その後は、安胎薬として当帰散を服用する。

例2:40歳、女性、主婦

主訴:第二子不妊。
既往症:特記すべき事なし。
現病歴:若い頃より生理不順であった。1995年稽留流産(Missedabortion)。1999年男児を出産。2006年、性周期が乱れ不正出血あり西洋医学の婦人科にてエストロゲンの減少を指摘される。その後、次第に性周期は改善するが現在も40日の性周期である。
現症:身長162cm、体重48kg、血圧104/86mmHg、四肢のみ冷える。口渇・口乾なし、小便多く小便色は透明。大便正常。性周期は40日、生理期間6日間、生理痛あり。
治療経過:2007年1月19日、高プロラクチン血症と思える証に対し甲字湯(桂枝茯苓丸加生姜甘草)合芍薬甘草湯を投与。ホルモンを整えるために当帰散を投与。
2007年2月17日、高温期の胸の張りが消失。東洋医学治療前は性周期が40日であった。
2007年3月24日より生理。性周期35日で4月28日生理。性周期34日で6月2日生理。性周期が正常に近くなる。
2007年7月、自然妊娠するが流産。2008年1月23日、自然妊娠。安胎薬として当帰散を継続服用する。
2008年9月20日、41歳にて女児出産する。

例3:31歳、女性、薬剤師

主訴:稽留流産、不妊症
既往症:7歳時鼠径ヘルニア、食物による蕁麻疹
現病歴:2004年妊娠するが8週目で稽留流産。2005年8月2回目の妊娠、7週目で稽留流産する。2度目の稽留流産後、西洋医学の婦人科にて胎児の検査を行い、胎児に染色体異常が有ったことが判明。しかし夫婦は共に染色体異常、その他の検査で異常は無し。
現症:身長165cm、体重56kg、血圧110/65mmHg、四肢のみ冷え性。口渇あり小便多い、夜間尿2~3回。大便正常。性周期28日、生理期間6日間。生理痛あり。
治療経過:2007年1月20日、当帰散と温経湯を投薬。服薬の次日に軟便となる。軟便は1日で収まったが、その後4日間は倦怠感で体調不良となる。
2007年2月14日、低温期が0.2度程上昇する。
2007年4月19日、低温期から高温期への体温上昇がなく低温のまま高温期となる。
2007年5月19日、低温期から高温期への移行が明確となり体調も良い。
2007年6月7日、西洋医学の婦人科にて胎嚢を確認し妊娠判明、5週目の診断。
2008年1月31日、2,860gの女児出産。

〔考案並びに結論〕

今回、当帰散、柴苓湯(小柴胡湯合五苓散)を中心とした不妊症・不育症の例を報告した。
傷寒雑病論金匱要略婦人妊娠病脈証并治第二十に云う「婦人妊娠、宜常服、當帰散主之・・・妊娠常服即易産、胎無苦疾、産後百病悉主之・・・婦人妊娠、常に服するに宜し。当帰散之を主る・・・妊娠常に服すれば、即ち産を易くし、胎に苦疾なし。産後の百病悉く之を主る」
漢方太陽堂では当帰散による不妊症・不育症の治療例が多数ある。当帰散と柴苓湯の併用で効果的な例も多数ある。不妊症・不育症の当帰散証には、幾つかの特徴が見られる。
1.基礎体温にて排卵期から高温期への体温の上昇に時間を要する。
2.基礎体温にて高温期が安定しない。
3.抗核抗体、抗リン脂質抗体、抗精子抗体等の問題にて不育症がある。
4.化学的流産(Chemicalabortion)や稽留流産の経験者。
金匱要略に「妊娠常服」妊娠したら常に服すと言っている。これは高温期の安定しないホルモンの問題、不育症の原因である自己免疫の問題等にも当帰散が対応し妊娠を継続させることを示唆していると考える。
また、当帰散と柴苓湯(五苓散合小柴胡湯)の併用にて妊娠する例が多い。これから推測するに免疫の問題による不育症の場合は、当帰散証が標治法、柴苓湯が本治法とも考えられる。
当帰散は妊娠後に服用する薬方との解釈が多い。当帰散は、高温期を安定させ妊娠させ易くし、同時に免疫の問題を最小限に抑えることにより妊娠継続が出来ると考えられ、化学的流産や稽留流産の経験者を含め不育症が原因と思われる場合は、妊娠する前から当帰散を服用した方が良いと考える。